[6/29] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「実は今、新しい七不思議を選ぶための
 投票というのが行われています。
 今日はそのお話をします。」

それは題して「新・世界七不思議」です。

どうして新しく世界七不思議を選ぶのかと言いますと、
それは古代の七不思議のうち現在残っているのが
エジプトのピラミッドだけになってしまったからです。

そこで遺跡の保存や修復、促進活動を行う
ニュー・セブン・ワンダーズというスイスの財団が
7年前からスイス政府やユネスコなどの協力で、
驚くべき建造物というのを
選ぶ作業を進めているんだそうです。

全世界で2000万人以上が
インターネットで候補地を投票します。
候補は全部で21あります。

今週ご紹介しました中国の万里の長城とか
ペルーのマチュ・ピチュ、イギリスのストーンヘンジ、
エジプトのピラミッド、ローマのコロッセオの他に、
シドニーのオペラハウスとかパリのエッフェル塔とか
ニューヨークの自由の女神やイースター島の像とか
カンボジアのアンコールワット、
モスクワのクレムリン宮殿と赤の広場などが
候補に選ばれています。

実は日本からも一つ候補に選ばれているところがあります。
それは京都の清水寺です。

「世界中の建造物の中の21の候補のうちの一つに
 清水寺が選ばれているってことは
 それはすごいことだろうなぁと思いますけれども。

 この新・世界七不思議の投票ですけれども、
 ニュー・セブン・ワンダーズの日本語のページに
 アクセスすればみなさん投票ができます。
 インターネット投票と電話投票があるそうです。

 そして投票の結果は来月、7月7日、
 これは2007年、7並びなんですよ、
 2007年7月7日、ポルトガルのリスボンで
 発表されるんですって。

 ちなみに投票の締切りというのは
 2007年7月7日午前0時、
 グリニッジ標準時でございます。
 世界的なことなのでね。

 ご興味ある方は、投票したいなって思う方は
 ぜひHPをご覧ください。
 写真入りで全部見れますのでぜひぜひご覧ください。
 そんなわけで世界の七不思議、ご紹介いたしました。」

<ニュー・セブン・ワンダーズの投票ページはこちらです>

[6/28] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「ギリシャの数学者フィロンが発見した世界最古の七不思議、
 イギリスの探検家コットレルによる古代の七不思議、
 その他に中世の七不思議、これをご紹介しましたね。
 この3つ以外にもまだまだ世界七不思議があります。
 今日はそのお話です。」


これは去年の春、ニューズウィーク誌で紹介された
最も消滅の危機にさらされている世界七不思議です。


<その1>

 エジプトのルクソール

 ルクソール神殿は観光や窃盗によって破壊されたり、
 地盤工事でたくさんのお墓が水没しているそうです。


<その2>

 イラクのバビロン

 古代メソポタミア最大の都市バビロンの遺跡は
 20世紀に発見されて以来窃盗や破壊が行われています。


<その3>

 インドネシアのコーラル・トライアングル

 コーラルトライアングルは世界で最も多くの種類の
 海洋生物が生息する海域の一つです。
 乱獲、取り過ぎることによって
 貴重な海の生物が絶滅に追い込まれたり、
 海水温の上昇でサンゴ礁がどんどん死んでいるそうです。


<その4>

 ペルーのマチュ・ピチュ

 20世紀はじめに発見されて以来
 その遺跡はペルーでもっとも人気のある観光名所になり、
 毎年50万人の観光客が訪れています。
 観光客の増加とともに遺跡の状態は悪化し、
 現在は観光制限をして修復に努めています。


<その5>

 モルディヴ

 モルディヴは12000もの島々からなる国。
 現在は地球温暖化による海面上昇の危機に
 さらされています。


<その6>

 イタリアのヴェネツィア

 5世紀半ばに人々が住むようになってから
 1世紀につき1cm以上の速さで地盤沈下中だそうです。


<その7>

 中国の万里の長城

 500年前の塔の中にドリンクスタンドをつくったり、
 現在約3分の2が開発によって破壊されているそうです。


「確かにあれですよね、人々が、人間が
 やっぱり便利を追求するあまりに大切なものを
 壊していってしまうっていうのはよくないですよね。
 環境もそうですもんね。
 なんか最近よく思うんですけれどもね。」


<世界七不思議>


番組ではモルディヴは
「12000もの島々からなる国」
と紹介されていましたが、
約1200の島々というのが正しいと思います。
ちなみに、そのうちの約200の島に
人が住んでいるそうです。

細かいツッコミですいません・・・ m(_ _)m

[6/27] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「中世の世界七不思議というのがあります。
 これは誰が提唱したのかはわからないんだそうですが、
 今日はそのお話をしたいと思います。」


中世の世界七不思議


<その1>

 ローマのコロッセオ

 円形劇場です。
 1世紀に建てられた最大直径188m、
 5万人収容の巨大な円形格闘場。
 ここでは人間と猛獣の闘いなどが公開されていたそうです。


<その2>

 イタリアのピサの斜塔

 1173年に着工したときは
 高さ100m以上になる予定だったのですが、
 4階部分まで工事が進んだときに
 地盤沈下が起きて塔が傾き始めました。
 177年経った1350年についに完成しました。
 最終的には当初予定していた高さの半分の
 55mになったということです。


<その3>

 中国の万里の長城

 全長が約6000km、世界遺産にも登録されています。


<その4>

 イスタンブールのサンタ・ソフィア寺院

 世界を代表する巨大な教会です。


<その5>

 イギリス・ソールズベリのストーンヘンジ

 紀元前2800年にソールズベリ草原に誕生した
 上から見ると丸い形に並んだ巨大な石の遺跡です。

 「ここは私、イギリスに住んでたときに
  行ったことがあります」


<その6>

 アレクサンドリアのカタコンベ

 1世紀から2世紀の頃に
 古代ローマ人がつくった地下の墓地。


<その7>

 南京の陶塔

 3世紀頃に中国・南京のお寺に
 建てられた陶器でできた塔。
 残念ながら現在はありません。

 「やっぱり陶器でつくっていたから
  つぶれちゃったのかな」


「ピサの斜塔なんですけれども、
 何でそもそもね、傾いたんだろうなんて、
 みんな思いますよね?

 予想していたよりも塔がね、重かったんですって。
 そして、地面の土がやわらかかった。
 ということで傾き始めたそうなんです。

 6年前にピサの斜塔は改修工事が終わりましてね、
 今後300年間は倒れないと、
 安全だと言っているそうです。

 もしご興味がございましたら、
 料金は日本円で2500円ぐらいなんだそうです。
 上ってみてください。」

<世界の七不思議とは>

[6/26] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「昨日はギリシャの数学者フィロンが発見した七不思議、
 七つの建造物をご紹介しました。
 フィロンに続きまして七不思議を唱えたのが
 イギリスの探検家コットレルの古代の七不思議です。
 今日はそのお話をしたいと思います。」


コットレルの古代の七不思議。


<その1>

 クレタ島のミノス宮殿

 地中海とエーゲ海に接するクレタ島に
 3000年~4000年前につくられた大宮殿です。


<その2>

 テーベのネクロポリス

 これはエジプト中部ナイル湖畔の遺跡の街
 ルクソールに3000年前につくられた
 たくさんのお墓だそうです。
 ネクロポリスというのは「死者の街」
 という意味なんだそうです。


<その3>

 王家の谷

 エジプト・カイロからナイル川をさかのぼった谷間にある
 ツタンカーメンなど歴代の王様たちのお墓。


<その4>

 シリアのパルミュラの都

 ローマ時代におよそ300年あったと言われている
 シリア砂漠の真ん中に繁栄した都です。
 今も遺跡は残っています。


<その5>

 エルサレムの岩のドーム

 7世紀に聖地エルサレムに建てられた
 黄金の岩でできたドームです。


<その6>

 クラク・デ・シュヴァリエ

 これは12世紀の頃レバノンに建てられた
 十字軍のお城の跡です。
 城壁が何と厚さ24mもあり、20世紀になって
 映画で有名なアラビアのロレンスが訪れました。


<その7>

 デルフォイのアポロン神殿

 紀元前480年頃、中部ギリシャの
 デルフォイにつくられた大理石の神殿です。


「こちらのイギリスの探検家のコットレルさんの言っている
 古代七不思議のほうなんですけれども、
 こちらはすべて遺跡が残っています。

 一番最初にご紹介したクレタ島の
 ミノス宮殿なんですけれども、
 これは、みなさん神話の『イカロスの翼』
 っていうのをご存知でしょうか?
 その『イカロスの翼』に出てくる迷宮っていうのが
 このミノス宮殿なんですって。
 伝説の迷宮と言われています。」

<世界七不思議>

[6/25] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「21世紀になった今でも、世の中には
 科学で解明できないことがたくさんあります。
 それを象徴するのが世界七不思議。
 誰でも一度は聞いたことがある言葉だと思いますけれども、
 七不思議とはいったい何でしょうか?
 今週はそんなお話をしたいと思います。」

世界七不思議とは今から2200年ほど前、
ギリシャの数学者で旅行家でもあるフィロンが
実際に訪れて驚いた七つの建物などのことを言います。
「世界最古の七不思議」というふうに言われています。


<七不思議その1>

 エジプト・ギザの大ピラミッド

 紀元前2600年頃に建てられました。
 いったい何のために建てられたのかは今も不明です。


<七不思議その2>

 バビロンの空中庭園

 高さ15mの土台の上に
 高さ約100mの建造物が建てられています。
 あまりの大きさに遠くから見ると
 天から吊り下げられた庭のように見えたことから
 空中庭園というふうに呼んでいるそうです。


<七不思議その3>

 オリンピアのゼウス像


<七不思議その4>

 ロードス島の巨人像


<七不思議その5>

 ハリカルナッソスのマウソレウム

 紀元前353年、小アジアのカリア地方(現在のトルコ)に
 つくられた先祖の霊をまつった宮殿だそうです。


<七不思議その6>

 エフェソスのアルテミス神殿


<七不思議その7>

 アレクサンドリアの大灯台

 高さが何と120m以上もあったんだそうです。


「現在はエジプトのピラミッド以外は
 残ってないということで、
 目では見れないんですけれども。

 このピラミッドなんですけれども、
 何十万人という多くの人たちによってつくられていて、
 その多くの人たちが奴隷じゃないか
 という説があったんですけれども、
 最近の調査でどうやらそれが違うということが
 わかったんだそうです。

 ピラミッドを建築した人たちの落書きが発見されて、
 それを見ると王様を称える言葉とか
 日々の生活の喜びなどが書かれてあったからなんですって。
 なので、ピラミッドというものは
 つくらされたのではなくて、本当に王様のために
 喜んでつくられたものだということです。」

<世界の七不思議(ウィキペディア)>

6月22日のお話

今週の『鈴木杏樹のいってらっしゃい』のテーマは
「本当にあった心温まるお話」でした。

このテーマは2月と4月に続いて3回目になります。
毎回いいお話ばかりで、とても大好きなテーマです。

きっと今回も番組宛てにたくさんの反響が
あるのではないかと思います。
ぜひ第4弾、第5弾と続けていって欲しいです。

今回は日韓ワールドカップでのデンマークのお話と
エルトゥールル号にまつわるトルコのお話。

特に22日の放送については
いろいろなブログで話題になっていましたね。

このブログでもたくさんのコメントをいただきましたし、
このブログ始まって以来のアクセス数となりました。

涙をこらえながら語る杏樹さんのお言葉から
杏樹さんのトルコの人に対する熱い思いが伝わってきました。

私は今回初めてこのお話を知りました。
トルコではほとんどの人が知っているお話なのに・・・。

このブログを通じてひとりでも多くの方に
このお話を知っていただくことができたら
こんなにうれしいことはありません。

最後に、今後もトルコと日本の間で
密な親交が続くことを願っています。

[6/22] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今から22年前、昭和60年3月17日、
 イランに住む日本人を絶体絶命の危機が襲います。
 その危機を救ってくれたのはトルコの人たちでした。
 今日はそのお話をします。」

それは当時のイラクのサダム・フセイン大統領が
世界に向けて言ったこの言葉から起こりました。

「今から48時間後にイランの上空を飛ぶ
 すべての飛行機を撃ち落とす。」

当時イランにはたくさんの日本人が住んでいました。
すぐに日本人は空港に向かい、
イランを脱出しようとしました。

でも、どの飛行機も満席で乗ることができなかったのです。
タイムリミットまでまもなく1時間。
空港にいた日本人はパニック状態になっていました。

すると、そこに2機の飛行機が到着しました。
それはトルコ航空の飛行機でした。
飛行機は空港にいた日本人250人全員を乗せて
成田に向けて飛び立ちました。

こうして間一髪で危機を乗り越えることができましたが、
なぜトルコ航空機が来てくれたのか、
実はこのことを日本政府もマスコミも
全く知らなかったのです。

その真相を当時の駐日トルコ大使はこう語っています。

「1890年、和歌山県の串本町で起きた
 エルトゥールル号の遭難事故に際し、
 村の人たちや日本人がしてくださった献身的な救助活動を
 今もトルコの人たちは忘れていません。
 私も小学校の頃歴史の教科書で学びました。
 トルコでは子供たちも
 エルトゥールル号のことを知っています。
 今の日本人が知らないだけです。
 それで、イランで困っている日本人を助けようと
 トルコ航空機が飛んだのです。」


「というお話だったんですけれども、
 こういうお話ってね、
 この番組で心温まるお話として知るのではなくて、
 やっぱり日本でもね、
 小学校の歴史の教科書とかで教えたり、
 学びたいものだと思いませんか?

 なんかね、以前トルコに行ったときに
 トルコの人たちがとっても優しくて
 親日だったんですね。
 それがすごく印象深かったんですけれども(涙)

 ああ、こういうことがあったんだなって
 今回勉強になりました。
 ちょっと涙してしまいましたけれども。

 今週はそういうわけで、
 本当にあった心温まるお話をお届けしました。」


<テヘランに孤立した日本人を救出したトルコ航空>


涙をこらえながらのお言葉を通して、
杏樹さんの中にある熱い思いが伝わってきました。
ほんとに日本でも教科書に載せて欲しいですよね。
昨日今日のお話を一人でも多くの方に知ってもらいたい、
今日の放送を聴いて強くそう思いました。

[6/21] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今から117年前、明治23年9月16日、
 和歌山県の串本町を台風が襲いました。
 そのとき一艘の大型船が遭難しました。
 そんな遭難した人たちを救おうと
 村の人たちは必死で救出作業をしました。
 今日はそのお話をします。」

灯台の灯り以外は見えない嵐の夜の海。
灯台守は大きな船が岩に激突して
爆発する音を聞きました。

急いで灯台の下に下りると
傷ついた一人の船員が倒れていました。

「あなたのお国はどこですか?」

と聞きましたが言葉が通じません。

やがてこの船員がトルコの人でエルトゥールル号
というトルコの船であることがわかりました。
さらに多くの船員が海に投げ出されたことを知りました。

さっそく灯台守は救出のために
真っ暗な夜の道を走り村の人たちに助けを求めました。
村の人たちは総出で救出作業をしましたが、
500人以上もの人が命を落としていきました。

それでも1人でも命を救おうと
村の人たちは裸になって船員たちの体温を温め、
必死に励ましの言葉を投げかけました。

そんな思いが通じて69人が息を吹き返しました。
助かった69人は村のお寺と小学校に収容されました。

しかし、当時村は貧しくて
おまけに台風で漁ができなかったので、
食料がどんどんなくなっていったのです。
そんな状況の中でも村の人たちは
69人のトルコの人たちを助けたい思いでいっぱいでした。

当時それぞれの家では非常食として鶏を飼っていました。
でも、鶏を食べてしまったらもう完全に食べ物はありません。
それでも村の人たちは鶏を料理して
トルコの人たちに食べさせてあげたんだそうです。

このお話は和歌山県知事に伝えられ、
明治天皇にも報告されました。
明治天皇はすぐに串本町にお医者さんを派遣し、
生存者全員を軍艦に乗せてトルコに送り届けました。

この話は日本中に大きな衝撃を与え、
全国から善意のお金が寄せられ
トルコにいる遭難者の家族に届けられたそうです。

<絵物語~エルトゥールル号の遭難~>

[6/20] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今から5年前、2002年、日韓ワールドカップ。
 和歌山をキャンプ地に選んだデンマークは
 地元の方々とたくさんの心の交流をしました。
 今日もそのお話の続きです。」

この大会でデンマークは優勝候補のフランスを抑えて、
A組1位で決勝トーナメントに進みました。

迎えた1回戦、相手は人気選手ベッカムのいるイングランド。
ベッカムへの声援が響く中、
和歌山の人たちはデンマークの勝利を祈りました。

でも、残念ながら願いは通じず、
デンマークは0-3で敗れました。

負けはしましたが和歌山の人たちは
デンマークというチームを誇りに思っていました。

そこで、感謝の気持ちを込めてお別れ会を開いたそうです。
会場にはあふれんばかりの人が駆けつけました。
そこにはトマソン選手と心の交流をした
口と耳が不自由な少年も来ていました。

トマソン選手は少年を見つけると紙で会話を始めました。

「せっかく応援してくれたのに負けてごめんね。」

そしたら少年が

「お疲れさまでした。
 負けたけどかっこよかったです。
 それに約束どおり点を取ってくれたから
 僕はうれしかったです。」

そして、トマソン選手は少年にこう言いました。

「僕から君に言える言葉はこれが最後です。
 よく聞いてください。
 君には前にも言ったとおり試練が与えられています。
 それは神様が決めたことであり、
 今からは変えられません。
 神様は君に試練を与えましたが、
 君にも必ずゴールを決めるチャンスをくれるはずです。
 そのチャンスを君は逃さず
 ちゃんとゴールを決めてください。」

この言葉に少年は笑顔で「はい」と答えました。

そして2人は「さよなら」「頑張って」
という言葉を残して別れを告げました。

最後に2人は記念に写真を撮りました。
その写真にはワールドカップの優勝カップよりも
もっと輝いたトマソン選手と少年の笑顔がありました。

「このトマソン選手ですけれども、
 今もなおスペインリーグで
 現役でプレーをしているそうです。

 今回のお話を聞いて
 サッカーにぜんぜん詳しくない私ですけれども、
 ぜひいつの日かトマソン選手の試合を見てですね、
 応援したいなっていう気持ちになりました。」

<ワールドカップの贈り物>

[6/19] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今から5年前、2002年、日韓ワールドカップ。
 和歌山をキャンプ地に選んだデンマークは
 地元の方々とたくさんの心の交流をしました。
 今日はそのお話です。」

デンマークは練習が終わると
見学に来た和歌山の人たちと積極的に交流をしました。

ある日サイン会をしていると
中心選手のトマソン選手の前に一人の少年が立ちました。
その少年の様子がどこか違っていたので、
トマソン選手は通訳を通じて
「どうしたの?」と聞きました。

すると少年はポケットから1枚の紙を出して渡しました。
そこには学校の英語の先生に書いてもらった
英語の文面が綴られていました。

「僕は小さい頃に病気にかかって口と耳が不自由です。
 だけどサッカーだけはずっと見てきました。
 大好きです。トマソン選手が好きです。
 頑張ってください。」

その手紙を見たトマソン選手はにっこりと微笑み、
紙に文字を書いて少年と会話を始めました。

最初、トマソン選手は手話で
少年と会話をしようとしましたが、
手話というのは国によって表現の仕方が違うので
紙での会話になりました。

少年は聞きました。

「トマソン選手はどうして手話ができるんですか?」

トマソン選手は

「僕にも君と同じ試練を持っている姉がいます。
 その彼女のために僕は手話を覚えたんですよ。
 君の試練はあなたにとって辛いことだと思いますが、
 君と同じようにあなたの家族もその試練を共有しています。
 君は一人ぼっちじゃないということを理解していますか?」

この言葉に少年は黙ってうなずきました。

「わかっているならOK。
 誰にも辛いことはあります。
 君にも僕にもそして君のお母さんにも
 辛いことはあるんです
 それを乗り越える勇気を持ってください。」

この言葉に少年のお母さんは思わず涙をしました。

そして、最後にトマソン選手は少年にこう言いました。

「僕はこの大会で必ず1点取ります。
 その姿を見ていてください。
 君がこれからの人生を頑張れるように祈っています。」

そしてトマソン選手は少年との約束を守り、
得点を決めたのでした。

「いいお話ですね。
 明日もこのトマソン選手と少年のお話をしたいと思います。」


(まだお話の途中なのでリンクは後日掲載します)