[7/31] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「日本には古くから音で涼しさを届けてくれるものがあります。
 そよ風を受けてチリリーンとなる風鈴ですね。
 風鈴は厳しい夏の暑さを少しでも過ごしやすいようにと
 昔の人が考え出した夏の風物詩の一つです。
 ということで、今日は風鈴のお話をします。」

~ (風鈴の音) ~

風鈴は中国から生まれたものとされていますが、
もともとは竹林に下げて風の向きや音の鳴り方で
物事の吉や凶を占う道具だったんだそうです。

それが仏教と一緒に日本に渡ってきました。
お寺では四隅に銅でできた釣鐘の形をした鈴をつるして
その音を厄除けとしていたそうです。

また、その音が聞こえるところに住んでいる人は
災いが起こらないとも言われていました。
ですから、風鈴のルーツというのは
厄除けの鈴だったんですね。

それが江戸時代に入ると、
長崎からガラスが伝わって
ガラス製の風鈴が登場しました。

また、同じ頃に現在の岩手県では
南部鉄を使った南部風鈴が誕生しました。

江戸のガラス風鈴、南部鉄の風鈴は
夏の名物になりました。

そんな涼しげな風鈴の音なんですけれども、
時代の変化で生活スタイルが変わっていくにつれて
隣近所の風鈴の音がうるさいよという苦情が
寄せられることもあるんだそうです。

そんな中、外につるして苦情が出るなら
家の中に軒先をつくるしかないということで、
風鈴を小さな木枠につり下げたつり風鈴というのが
誕生しているそうです。

クーラーとか扇風機の風でも鳴るので、
締め切ったお部屋でも風鈴の音が楽しめる
というものなんだそうですけれども。

他にもマイコンを使った電子風鈴という
現代的なものもあるそうです。

「私東京に来るまで南部風鈴しか知らなかったんです。
 さきほどね、音聴いていただきましたけれども、
 あのチリチリチリ~ンっていう
 高い音色の風鈴しか知らなかったんですけど、
 江戸に来てね、東京に来てね(笑)、
 東京のお祭り、夏祭りとかほおずき市とか行ったときに
 江戸のガラス風鈴を見ましてね、
 いろんな形があって、柄もいろんな柄があって
 とってもかわいくて、あれね、
 見かけると必ず1個毎年欲しくなるんですよね。
 そんなに買ってどうするんだっていうぐらい
 うちにはガラス風鈴があるんですけれども(笑)
 やっぱり風鈴のね、なんか音って風流で
 こうなんか懐かしい感じもしていいものですよね。」

<風鈴コレクション~風音~>

<風音を感じる(聴く)~風音~>

[7/30] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「最近は季節感がだんだん薄れている
 というふうに言われています。
 それでも、その季節ならではの
 風物詩というのはあります。
 今週は夏の風物詩のお話をしたいと思います。」

~ (花火の音) ~

夏の風物詩、初日の今日は花火です。

花火のルーツは大昔、中国で火薬が発明された後、
その火薬がシルクロードを渡ってヨーロッパに伝わって、
14世紀にフィレンツェで観賞用の花火が披露されたそうです。

日本では1589年に伊達政宗が観賞した
という記録が残っているそうです。
また、1613年、当時のイギリス国王の使者が
日本を訪れたときに徳川家康に花火を見せた
という記録も残っているそうです。

では、日本製の花火はいつ頃に誕生したのでしょうか?

それは1659年、鍵屋弥兵衛という人が作ったそうです。
この鍵屋さんから独立した花火職人が玉屋市郎兵衛さん。

花火が打ち上がったときに「た~まや~」とか
「か~ぎや~」と掛け声をかける風習がありますが、
これはその鍵屋さんと玉屋さんを意味していたんですね。

「わぁ~、勉強になります」

時の将軍様も大名も、そして庶民も花火が大好きで、
江戸の花火は夏の風物詩になりました。

やがて明治時代になりますと
鮮やかな色を出すための材料が
外国から輸入されるようになって、
職人さんたちの苦労と努力によって
日本の花火の技術はどんどん発展していきました。

「ちなみに、鍵屋さんはその後東京で花火作りを続けていて、
 現在は15代目になるんですって。
 こちらの15代目は歴代では初めての女性の方だそうで、
 まだ30代の方が今15代目を引き継いだということなので。

 私、その鍵屋さん玉屋さんの江戸の花火ですけれども、
 今年はご縁がありましてね、隅田川の花火大会に
 お仕事で行ってきたんですけれども。

 隅田川の花火大会というのは
 作品のね、コンペティションですので、
 それぞれの花火屋さんが
 隅田川の花火大会に向けて作品を作ってきて
 それをお披露目する場でもあるんですね。

 なので、一つ一つの花火に
 打ち上げている人たちの工夫とか思いとかが
 毎年違うものが込められていて、
 芸術作品を見るような発表会の場でもある
 という大会なんですけれども。
 やっぱり夏は花火いいですよね。」

<花火のルーツをたどる>

<江戸の花火を発展させた鍵屋と玉屋>

<15代目紹介~宗家花火鍵屋~>

<日本の花火>

放送日変更

先日お伝えしました下記のドラマですが、
サッカー中継に変更になったようです・・・ (>_<)


 2007年7月28日(土)
 『法律事務所~十字架型に重なる二つの死体
  ・乗馬クラブ殺人事件!』
 (テレビ朝日:21:00~22:51)


新しい放送日は今のところ不明です・・・

『隅田川花火大会』は予定通りですのでお楽しみに!

[7/27] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「科学がこれだけ進歩した現代でも
 うなぎの生態については今でも謎だらけです。
 日本やアジアだけでなくてアメリカやヨーロッパでも
 昔から食べられているウナギなんですけれども、
 新たな謎も出ています。
 今日はそのお話をします。」

実は先月、中国の浙江省の川で
真っ赤な色をしたたうなぎが見つかりました。
このタウナギというのは中国大陸から台湾、東南アジアの
田んぼや川の沼のような場所にいるうなぎで、
胸ビレと尾ビレがないのが特徴のうなぎなんだそうです。

「このタウナギというのは普通は背中が茶色で、
 お腹が黄色をしているんですって。
 ねっ、想像してくださいね(笑)」

先月発見されたこの真っ赤なタウナギというのは
突然変異ではないかと言われているそうです。

「なんか異様ですよ、写真で見るとほんとに。
 朱肉のような赤です。」

さらに、沖縄では体長1.4mの大うなぎが
川で釣り上げられたそうです。
重さは9kg、胴回りはお酒の一升瓶ほどあったそうです。

「すごいですね、ちょっと想像できないですけど。
 これを釣り上げた人はですね、
 『これほどの大物は4年ぶりだ~』
 って喜んでいたということなので、
 じゃ、4年前にも大うなぎいたんですね~
 っていう、そんな感じなんですけれども。」

よく養殖うなぎっていう言葉を耳にしますけれども、
うなぎって先日お話しましたけれども
卵自体がまだ発見されていないので、
卵から養殖するということは今の段階では不可能なんです。
なので、稚魚をとってきて養殖するしかないんです。

最近では、このうなぎの稚魚を
ヨーロッパから輸入しすぎじゃないかと
いうことを言われているそうで、
もしかしたら手頃に食べられる養殖うなぎですら
少し高くなるかもしれないという、
懸念されている部分もあるんですけれども。

「そういうわけで今週は1週間
 うなぎの謎だらけの生態についてお話しましたけれども、
 意外と知られてなくないですか?

 だいたいうなぎが海で生まれて川へやってきて、
 また海へ戻って、そこでまた卵を産んで、
 なんてこと自体私も知らなかったので
 みなさんにもお伝えできたらと思って
 すごくすごく今週は楽しかったんですけれども。

 来週の月曜日は土用の丑の日ですね。
 うなぎはまだ生態わかってないですけれども、
 すごい不思議だねなんて思いながら
 ぜひぜひ楽しんで召し上がっていただけたらと思います。」


<輝く朱色!まっ赤なウナギが見つかる-浙江省湖州市>

<タウナギ~WEB魚図鑑~>

<体長1・4メートル、大ウナギ捕る-東村>

<うなぎの養殖について>


今週のうなぎのお話、とても興味深かったですね。 (^o^)丿

[7/26] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「昨日、ニホンウナギはフィリピン沖のスルガ海山の近くで
 卵を産むことがわかったというお話をしましたけれども、
 日本からは2000km以上も離れています。
 その距離を旅してくるなんて
 ほんとにうなぎはすごい生き物ですよね。」

そのスルガ海山の近くで生まれたニホンウナギの赤ちゃんは、
海流や黒潮に乗って台湾や日本、
中国などの沿岸にたどり着きます。

その間約3ヶ月~7ヶ月。
潮の流れに乗って進む距離というのは
最終的には3000kmにもなるんだそうです。

こないだお話しましたけれども、
北海道から沖縄が約2200kmと言われているので
それ以上の距離ですね。

生まれたばかりのときは
5mmくらいしかない赤ちゃんなのに、
あの広い太平洋を本能だけで
大陸を目指して旅するんですからすごいですよね。

その旅をしている間、うなぎは幼生時代から
稚魚に姿を変えるんですけれども、
川や湖で5年~10年過ごした後、
産卵のために再び海に戻っていきます。

うなぎすべてが海で生まれて川に上ってくる
というわけではないんだそうです。
川に上ることなく一生海で過ごすという
海ウナギというのがたくさんいることも
わかっているそうです。

この海ウナギの他に、海と川が混じった
汽水のところで過ごす河口ウナギというのも
いることがわかっているそうです。

うなぎは海と川を行き来する川ウナギ、
海の中だけで過ごす海ウナギ、
そして、汽水のところで過ごす河口ウナギの
3タイプに分けられることになるんですね。

海ウナギはニホンウナギだけではなくて、
ヨーロッパウナギもアメリカウナギも
このオセアニア地方でも
すべてのうなぎの中にいるんだそうです。

「同じニホンウナギなのにどうしてこの海ウナギ、
 河口ウナギ、川ウナギの3タイプに分かれるのか
 っていうのがまだわかってないんですって。

 で、このね、3種類ともいずれにしても
 天然のうなぎだと思うんですけれども、
 よくうなぎ屋さんで天然のうなぎを使ってらっしゃる、
 食べさせてくれるお店があると思うんですけれども、
 江戸前のね、うなぎとかありますけれども、
 それはね、やはり天然うなぎっていうのは
 イコール川ウナギのことを指しているんですって。

 私たちが『天然うなぎおいしいね』って言うのは
 やっぱり川ウナギなんだって、面白いでしょ。
 また明日もうなぎのお話したいと思います。」

<河に遡らないウナギ>

[7/25] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「うなぎは現在全部で18種類もいると言われています。
 そのうち食用として知られているのが
 アメリカウナギとヨーロッパウナギ、
 そしてニホンウナギなんだそうです。
 そこで、今日はニホンウナギのお話をしたいと思います。」

昨日は、アメリカウナギとヨーロッパウナギの産卵場所が
北大西洋のサルガッソー海であるということがわかった
というお話をしましたけれども、
それでは、ニホンウナギはどこで生まれているのでしょうか。

シュミットの発表の影響を受けて
日本では1935年にニホンウナギの産卵の場所の
本格的な調査が始まったそうです。

1967年に初めてニホンウナギの赤ちゃんが発見されて、
その後も調査が続いて、そしてやっと1991年です。
東京大学の海洋研究所のチームが
太平洋のマリアナ諸島とフィリピン諸島の間の海域で
全長10mm前後のニホンウナギのレプトセファルス、
これは赤ちゃんである幼生、稚魚の前ですけれども、
それを約1000匹とることに成功したんだそうです。

この海域で生まれたニホンウナギの赤ちゃん、
レプトセファルスですけれども、
これが海を渡って約3000kmの旅をして
東アジアまでやってくるということがわかったんです。

そして2年前の6月、ふ化してから2日後と見られる
ニホンウナギの赤ちゃん、レプトセファルスを
発見したんだそうです。すごいですね。

そして、グアム島沖の海底4000mから
海面下約40mあたりにそびえ立つ海の中の山、
スルガ海山という山があるんですけれども、
その付近がニホンウナギの産卵の場所として
特定されたんだそうです。

これほどピンポイントでうなぎの産卵の場所が
特定できたというのは世界で初めてなんだそうですが、
それでもまだうなぎの卵自体も産卵中の親うなぎの姿も
世界中のどこにも見つかっていないそうです。

「昨日ね、アメリカウナギが1600kmを1年間かけて、
 ヨーロッパウナギは5000kmを3年間かけて
 大陸を目指して海から泳いでくる
 というのがありましたけれども、
 ニホンウナギは3000kmを、
 そうなると約2年くらいなんですかね、
 かけてこちらに向かって泳いできてくれていると。
 で、また数年かけてまた海に戻って
 卵を産んでっていうことをしてるんでしょうね。
 明日はそのへんのお話をしたいと思います。」

<ニホンウナギ、長旅3000キロ 新月の夜に産卵>


今夜の『ためしてガッテン』はうなぎの特集でしたね。 (^o^)丿

[7/24] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「1億年以上も前から地球上にいたと言われながら
 その生態がずっと謎に包まれているうなぎなんですけれども、
 20世紀になってうなぎがどこからやってくるのか
 というのがわかってきました。
 今日はそのお話をしたいと思います。」

昨日は、うなぎは海で卵を産んで
その卵から生まれた子供たちが
姿を変えながら大陸を目指して成長していく
ということをお話しましたけれども、
では、うなぎはどこで卵を産むのでしょうか?

その答えの一つが明らかになったのは1922年、
デンマークの海洋生物学者シュミットさんが
アメリカウナギとヨーロッパウナギが卵を産む場所は
北大西洋のサルガッソー海である
というふうに発表しました。

このサルガッソー海というのは
先週お話しましたけれども、
大西洋のバミューダ島の南の海域ですけれども、
そこで生まれたうなぎはふ化しまして
レプトセファルスという幼生を経て稚魚になりますと、
それぞれ違うルートを通って本能で川を目指していきます。

アメリカウナギの場合はそのサルガッソー海から
距離は約1600kmです。
日本で当てはめますとだいたい東京から沖縄の距離で、
たどり着くまで1年間はかかるそうです。

それに対してヨーロッパウナギは
5000km以上もの距離を
約3年かけて旅するそうです。

そして長い海の旅が終わりますと、
今度はまた本能的に川とか湖を目指して
上っていくんですね。

この頃の大きさというのはだいたい5cmなんだそうです。
私たちがよく見かけている大きさありますよね、
うなぎっていうと想像する大きさ、
これになるまでに少なくとも15年はかかる
というふうに言われているんだそうです。

ちなみに、成熟したヨーロッパウナギの場合は
メスは体長1mぐらいになるのだそうですが、
オスはその半分ぐらいのサイズにしかならないそうです。

そして、うなぎというのは長生きな生き物だそうで、
スウェーデンの水族館にいたうなぎというのは
死んだときに88歳という記録が残っているそうです。

「どうですか、みなさん、うなぎの生態。
 もう私は非常に興味深くて大好きなんですけれども、
 みなさんいかがでしょうか?

 もう私たち日本人のね、
 うなぎの消費量って1位なので、
 食生活にはもうほんとに身近なうなぎで
 スーパーに行けばお目見えする、
 よく口にするうなぎなんですけれども、
 実はその生態っていうのは謎が多くて
 よく知られていなくて、
 もうそのことをみなさんにも
 ぜひ知っていただきたいなと思って
 明日もうなぎのお話をしたいと思います(笑)」

<ヨーロッパウナギのなぞを探る!>

[7/23] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「先週海の日にちなんで海のお話を
 させていただきましたときに、
 海の墓場と呼ばれている
 サルガッソー海をご紹介しましたよね。

 そのときにサルガッソー海で
 さまざまな種類のうなぎの巣が発見されて
 最近注目を浴びているというお話を
 させていただいたんですけれども、
 このうなぎ、実はね、
 生態がよくわかっていないんですよね。

 そんなうなぎに私はですね、
 昆虫のセミ以来非常に興味を持ちまして。
 そこで、今週はうなぎのお話をしたいと思います。」

うなぎは1億年以上も前、
地球上に恐竜がいた白亜紀の時代に姿を現し、
当時の海から世界中に伝わったという説があります。

古代ギリシャ時代、今から2300年以上前ですけれども、
哲学者のソクラテスはうなぎを見て驚いたそうです。
どうしてかと言うと、うなぎのことを調べても調べても
謎だらけだったからです。

ソクラテスが驚いたというのは、
うなぎにはオスとメスの区別がなくて
生殖能力もないということだったんですね。

考えに考えた結果、ソクラテスが出した結論というのは、
うなぎは泥の中から自然発生するというものでした。
ソクラテスがそう言うほどうなぎの生態というのは
古くから謎に包まれているんですね。

そんな中、19世紀の終わりになって
ある重大なことがわかりました。
それは、うなぎが蛙とか蝶とかのように
生まれたときと成長した姿が違うということなんです。

うなぎは卵から幼生(ようせい)といって、
これはレプトセファルスと呼ばれているものなのですが、
その状態になり、そこから稚魚に変化して
それから成魚になるという工程を経て、
私たちのよく見かけるうなぎになるんですけれども。

「このレプトセファルスというのはね、
 なんかこうぴろんとした(笑)
 透明のナメクジのような形をしているんですが。

 稚魚は私食べたことあるんですけれども、
 白魚のような、ちりめんじゃこが大きくなったような
 お魚っぽい形をしているんですね。
 で、それがうなぎになるんですけれども。

 そのレプトセファルスですけれども、
 頭はね、ちっちゃくって透明で、ぜんぜんなんか、
 ほんとさっきナメクジみたいって言ったんですけど、
 うなぎの原形がないんですよ。
 それがね、徐々にその形を変えて
 うなぎの形になっていくと。

 非常に面白いのでもし興味がありましたら
 パソコンかなんかでね、
 インターネットで調べてみていただけたら
 『おぉ~!』って思いますので。

 それでは、うなぎはいったいどこから来るのか?
 明日またお話したいと思います。」

<うなぎあれこれ>

テレビ出演情報

直近1週間の鈴木杏樹さんのテレビ出演情報です。
(レギュラー番組を除く)


2007年7月27日(金)
『法律事務所・刑事が裁判官を殺した?
 極小ガラス片が暴く時間入れ替わりトリック!』
(テレビ朝日:15:00~16:53)(再放送)


2007年7月28日(土)
『独占生中継 第30回 2007 隅田川花火大会』
(テレビ東京:19:00~20:54)

<番組のHPはこちらです>

↑ 「Guest Comment」のコーナーで杏樹さんからの
  メッセージを見ることができます


2007年7月28日(土)
『法律事務所~十字架型に重なる二つの死体
 ・乗馬クラブ殺人事件!』
(テレビ朝日:21:00~22:51)

<番組の詳細はこちらです>


来週の土曜日の夜は『MUSIC FAIR 21』に始まり
『土曜ワイド劇場』まで3番組に出演されるということで、
杏樹さんナイトになりそうですね♪

[7/20] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「死の海と書く死海という名前を聞いたことがある方も
 いらっしゃるかと思います。
 今日はその死海のお話をします。」

死海はイスラエルとヨルダンの国境沿いにあります。
海抜-400mという地上で最も低いところにあり、
塩分濃度が海水の約10倍と高いので
人が入るとプカプカ浮きます。

この死海の水には天然ミネラルが
普通の海水の30倍も含まれているということで、
死海の塩なんて言われて健康や美容の分野では
注目を集めています。

そんな中、今年の2月、ギリシャ沖の地中海
水深約3000mのところで
塩分の濃い湖が発見されたそうです(海中ですよ)。
長さが80km、幅が1km、深さが100m。

「すごくないですか?」

近くに岩塩があって溶け出して濃くなった海水が
静かな海底のくぼみに湖のようにたまっているそうです。

もともと地中海というのは600万年ぐらい前に
海水が全部蒸発して干上がったと
考えられているんだそうです。

そのときにできた岩塩の層がそのまま海底に残っていて、
それによってできた湖が海の底にあちこちあると
見られていたんだそうです。
それが今回の調査で証明されたことになると。

「すごいですね。
 今後いろいろなデータを分析して
 どうやってこの海の底に塩水湖ができるのかなどを
 探っていくんだそうですけれども。
 うわ~、神秘的だ~。

 海というのは私たち人間を含め
 すべての生き物の源でありまして、
 母だと言われていますけれども。
 だから海という漢字の中には
 『母』っていう字が入っているんですって。
 素敵な話ですよね。

 神戸で育った私は、
 南側にはもう目の前に海が広がっていて
 北側には六甲山脈が連なっていて、
 もう南は海、北は山っていう
 わかりやすい環境で育ったんですけれども。

 なんか海ってもう当たり前のように
 いつもそこにあったのでこんなに深く考えることは
 ありませんでしたけれども、
 まだまだね、海の神秘とか謎っていうのは
 たくさんありそうですよね。

 それを解明するにはたくさんの時間が
 きっと必要なんでしょうけれども、
 これからも、海、海にね、
 なんとなくこう気にしながら
 一緒に生きていけたらなと思います。」

<死海(ウィキペディア)>

<地中海の深海底に巨大な塩水湖~asahi.com~>