[9/28] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「ここ数年、本を読まない、
 いわゆる本離れが進んでいるんだそうです。
 ひと月の間に1冊も本を読まなかった人の数は
 年々増えていて、それも若い世代だけじゃなくて
 中高年の方の本離れが深刻なんだそうです。
 せっかくの図書館、ぜひ利用してくださいね。」

公共図書館では一人でも多くの方に利用していただくために
いろいろなサービスを行っているそうです。

例えば、東京・千代田区の千代田図書館では、
図書館コンシェルジュという方が常駐しています。
この図書館コンシェルジュというのは、
図書館を利用される人に
本とか館内の案内などをする方なのだそうです。

例えば、

「今日は疲れたので何か癒やしてくれる本が読みたいです」

というふうに希望を伝えると、

「じゃ、こういうのはいかがでしょうか?」

と、そのジャンルの本を何冊か持ってきてくれるそうです。

また、

「こういう調べものをしたいのですが」

とお願いすると、それに見合った文献を
探してきてくれたりするのだそうです。
ありがたいですよね。

この千代田図書館のコンシェルジュの方は
本や館内の案内以外にも、
千代田区内の施設とか、本の街として有名な神保町など
街のガイドまでしてくださるそうです。

「素晴らしくないですか?」(杏樹さん談)

その他、今回はご紹介できなかったんですけれども、
国とか公共団体以外が運営している個人図書館とか
私設図書館もたくさんあるそうです。

そんな図書館ですけれども、
マナーも問題になっています。

本の汚れとか破損があまりにもひどいので、
それを展示してマナーを訴えている
図書館もあるのだそうです。

「いかがでしたか?
 今週1週間、図書館のお話を
 させていただいたんですけれども、
 意外と自分の住んでいる市町村、区内にある図書館が
 『あれ?どこにあるのかしら』なんて
 知らなかったりしませんか?

 自分のお家に一番近いところとかちょっと調べてみて、
 お散歩がてらぷらぷらって行ってみる
 っていうのもいいんじゃないかな
 っていう気が改めてしたんですけれども。

 私は本てね、どうしても買うイメージが強くなっていて、
 でも買って読むとそのまま捨てることもしないで
 たまっていくじゃないですか。
 また読み返すかっていうとなかなかそういうこともなく
 増えていくので、こういう図書館を利用するって
 非常にいいなぁって改めて思いました。

 行きますよ~、図書館(笑)
 みなさんも行きましょ。」

<コンシェルジュ~千代田区立図書館~>

[9/27] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「本の数や働く職員の人数など
 世界最大の規模を誇る図書館といいますと、
 アメリカ議会図書館なんですって。
 その本の数は1億3000万冊にもなるんだそうで、
 日本の人口よりも多い本の数があります。
 今日はそんなアメリカ議会図書館のお話をします。」

アメリカ議会図書館は1800年に
ワシントンに建てられました。

議会図書館の名前にありますように
議会の図書室として建てられて、
議員の調査とか研究を目的にした図書館なんですね。
もちろん一般の方も利用することができます。

こちらでは本以外にも版画とか浮世絵、楽器、レコード、
フィルムなど文化、教養に関するものが
ずらりとそろっているそうです。

1814年にイギリスとの戦争で
焼けてしまったそうですけれども、
翌年に3代大統領のトーマス・ジェファーソンが建てた
約6500冊の本がある個人図書館を買い上げて、
この議会図書館を再建したそうです。

その後、また焼けてしまったことがあるそうですけれども、
再建するたびに規模がどんどんどんどん
大きくなっていったそうです。

今では世界470もの言葉の図書があるそうで、
ほんとにすごいですよね。
なんかこうなるともう図書館を越えて
美術館のようになっていますけれども。

このアメリカ議会図書館を
モデルにして作られたというのが、
東京にあります国会図書館です。

国内で出版された本はすべてこの国会図書館に
おさめられているそうです。

現在約840万冊の本があって、
他にも新聞だけで1万種類以上、
雑誌も18万種類もあるそうです。

ちなみに、この国会図書館ですけれども
利用は原則として18歳以上の方となっています。

「興味深くないですか?
 そういうところがあったんだって、
 私はお恥ずかしながら知らなかったんですけれども。
 ぜひ行ってみたいなぁっていう気がします。

 お子さん用にはですね、
 東京・上野に日本で初めてできた
 国立の児童書専門の図書館、
 国際子ども図書館というのがあるそうなので、
 お子さん、たくさん本を読みたいっていう方は
 ぜひこちらの上野のほうに
 いらしていただけたらなというふうに思います。」

<アメリカ議会図書館(ウィキペディア)>

<国立国会図書館のHP>

<国際子ども図書館のHP>

[9/26] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「イギリスのオックスフォード大学には
 ボードリアン図書館という図書館があります。
 この名前を初めて聞かれた方も
 いらっしゃると思いますけれども、
 実はこの図書館、あることで
 日本でもお馴染みなんですよ。
 あることって一体何でしょうか?」

イギリスのオックスフォード大学にあるボードリアン図書館が
どうして日本でもお馴染みなのかと言いますと、
それは日本でも大ヒットを記録している映画
『ハリー・ポッター』に登場しているからなんです。

みなさん今ここで「あ~、なるほどね」と
思われたんじゃないでしょうか?

正確には、ボードリアン図書館の2階にある
デューク・ハンフリー図書館というところが
ホグワーツ魔法術学校の撮影で使われたそうです。

デューク・ハンフリー図書館とは
その名のとおりハンフリー公爵の名前から
つけられたんですけれども、15世紀初め
オックスフォード大学の総長だったハンフリー公爵は
約300冊もの本を学校に寄付しました。

その本を管理するために図書館が建てられて、
このデューク・ハンフリー図書館になりました。

ところが、16世紀になりますと
女王エリザベス1世による宗教の弾圧が始まり、
図書館にある本のほとんどが処分されてしまいました。

もはや廃墟寸前だった図書館を救ったのが
トーマス・ボードレーという人でした。
このボードレーさんにとって
オックスフォード大学は母校でした。

その母校の図書館を建て直すために
ボードレーはその晩年をささげたのだそうです。

そして、17世紀の初めに
この図書館は新しく建て直されました。

そのボードレーさんの功績をたたえて、
後世にその名前を伝えるために
ボードリアン図書館という名前がつけられました。

このボードリアン図書館には
今や700万冊を超える本がありまして、
たいへん大きな図書館なのだそうですけれども、
その2階の部分はもともとありました
デューク・ハンフリー図書館の名前を残しているそうです。

「そこが『ハリー・ポッター』に使われているということで、
 オックスフォード大学にとってはね、
 ハンフリー公爵の名前も大事だろうし、
 このトーマス・ボードレーさんのことも大事だから
 2つ名前が残っているんだと思いますけれども。

 確かにね、海外の図書館のイメージって言われると
 かなり『ハリー・ポッター』のイメージが強いですよね。
 何でも調べることができそうな
 頼りがいがあるイメージがありますけれどもね。

 そんなデューク・ハンフリー図書館、
 ボードリアン図書館のお話でした。」

<『ハリー・ポッター』ロケ地の旅>

[9/25] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「昨日は、日本で最初の公開図書館は
 奈良時代に建てられた芸亭(うんてい)という
 お話をさせていただきましたけれども、
 それでは世界の図書館の歴史っていうのは
 いつからなのでしょうか?」

図書館の歴史は文字の歴史と重なります。
文字が発明されたのは紀元前3500年頃。
古代メソポタミア(現在のイラクです)、
このあたりでは図書館のようなものが
あったのではないかというふうに推測されています。

記録として残っている世界最古の図書館というのは、
紀元前7世紀頃、現在のイラク地方の
アッシリア帝国に建てられた
ニネベの図書館というふうに言われています。
このニネベというのはアッシリア帝国の都です。

当時の王様は戦争の記録や英雄たちの伝説、
農業や建築、政治の記録などを粘土の板に書かせて
それを専用の倉庫で保存していました。
その数は2万以上とも言われています。

実はこのときの記録、粘土の板は
今でいう本のようなものなんですけれども、
その一部がイギリスの大英博物館で
保存されているそうです。

そんな古いものがどうして残っていたのかと言いますと、
粘土の板に書かれていたので火事とか水害にも強かったから
今でも残っているのだそうです。

その後、紀元前3世紀頃には
エジプトのアレクサンドリアに図書館が建てられました。
この図書館は世界中の文献を集めるのが目的で、
古代では最大で最高の図書館というふうに言われていました。

このアレクサンドリア図書館には、
最終的には70万冊もの本が集まったそうです。

世界中の学者がここに来て勉強したことから
学問の中心とも言われていたそうですけれども、
多くの侵略で破壊されたり、5世紀頃には
火事で燃えてしまったというふうに言われています。

「それからね、1500年以上たった2001年、
 ついこないだですよね。
 かつて図書館があったとされる場所に
 新しくアレクサンドリア図書館が
 建てられたんだそうです。

 その広さというのはですね、聞いてびっくり
 東京ドームの2倍近くあるんだそうです。
 すごい本が集まっているんでしょうね、世界中の。
 ということで、今日は世界の図書館の歴史のお話でした。」

<図書館~エンカルタ百科事典ダイジェスト~>

[9/24] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「誰でも気軽に本を読んだり、
 借りれたりするところといえば図書館ですよね。
 みなさんは図書館ってご利用になってますか?
 今週は、その図書館のお話をしたいと思います。」

まず、全国にはどれぐらいの数の図書館があるのでしょうか?

各自治体が運営している公共図書館の数は3000以上です。
本の数は約3億6000万冊だそうです。

大学が運営している図書館もありますけれども、
その数は約1700、そして本の数は約3億冊です。

他にも非営利の団体が運営している私立図書館もあります。

小中高校の図書室も学校図書館と呼ばれる図書館です。
学校の数だけ学校図書館があるとしますと
たくさんの数になりますよね。

年々図書館の数は増えているそうですけれども、
でも、海外に比べると日本の図書館の数というのは
まだまだ少ないのだそうです。

ところで、日本の図書館の歴史というのは
いつからかということですけれども、
集めた書き物を保存するだけではなく
一般にも公開した最古の図書館というのは、
奈良時代の終わりに
石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)が自分が集めた書き物を
その芸亭(うんてい)で一般に公開していたそうで、
この芸亭は平安時代の終わり頃まであったそうです。

近代的図書館の始まりというのは、
明治5年、1872年に文部省によって
東京・湯島につくられた書籍館(しょじゃくかん)です。
この書籍館は戦後、昭和23年に
国立国会図書館という名前になりました。

「図書館っていいますとね、小学校の頃には
 よくほんとに利用した思い出があるんですけれども、
 大人になってから図書館に行ったことが全然なくて。

 で、こないだね、街を運転してたときに
 たまたま信号で止まったときに、
 その信号の真横にね、区営の図書館があったんですよ。

 『あっ、図書館がこんなところにある』なんて思って、
 『図書館って行ってないなぁ』なんて
 ちょうど思っていたときだったので、
 ちょっとね、不思議なご縁の1週間になりそうだな
 なんて予感がしてますけれども。
 そんなわけで、図書館の1週間でございます。」

<図書館(ウィキペディア)>

Happy Birthday !

今日は鈴木杏樹さんのお誕生日です。

杏樹さん、おめでとうございます! \(^o^)/

パチパチパチパチパチ~

杏樹さんは実年齢よりもお若いですよね。
これからも若々しくて
かわいい杏樹さんのままでいてください。

応援しています! (*^_^*)

[9/21] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「日本だけではなく海外にも民話や昔話はたくさんあります。
 今日はモンゴルに伝わる『スーホの白い馬』というお話です。」

モンゴルの草原にスーホという
心の優しい少年がいました。
スーホはおばあさんと二人で住んでいて、
羊を追って暮らしていました。

ある夜、生まれたばかりの白い子馬を見つけて持ち帰り、
大事に育てました。

朝起きてから夜眠るまでスーホと白馬はいつも一緒です。
人間と馬というより、兄弟のように
たいへん仲の良いスーホと白馬でした。

やがて、白い子馬は立派な大人の馬に成長しました。

そんなある日、モンゴルの王様の前で
馬の競走が行われることになりました。
モンゴルの各地から馬たちが集まり、
スーホの白馬も参加しました。

スーホは見事1着になり、
王様が約束したとおり王様の娘と結婚し、
ご褒美がもらえるはずでしたが、
あまりにも白馬の素晴らしさに目を奪われた王様は
その約束を破り、白馬を無理やり
スーホから奪い取ってしまいました。

白馬と離れ離れになったスーホは
毎日白馬のことを思い出しては涙を流しました。

その頃、スーホから奪った白馬を王様は
お客さんを呼んで自慢することにしました。

しかし、スーホに会いたい気持ちは白馬も同じです。
白馬は王様を振り落とし、スーホに会いに逃げ出しました。

怒った王様は弓で白馬を撃ちました。
体に何本もの矢を受けながら、
それでも白馬はスーホのところに帰ってきました。

スーホとの再会もつかの間、
スーホに抱かれながら白馬は死んでしまいました。

そんな悲しむスーホの前に白馬の魂が現れました。

「スーホ、元気を出してください。
 そして、私の尻尾などを使って楽器を作ってください。
 そうすればスーホが歌をうたうときは私も一緒に歌います。
 スーホが休むときはあなたのそばにいられます。」

スーホは白馬の体から楽器を作りました。

この楽器が現在でもモンゴルに伝わる
「馬頭琴」という弦楽器です。

<『スーホの白い馬』(モンゴル民話)>
<広がる「スーホの白い馬」>

[9/20] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今日ご紹介するのは民話ではありません。
 おばあさんが主人公の『おばあちゃんのおにぎり』
 というお話です。」

実は、この『おばあちゃんのおにぎり』というお話は、
さだまさしさんが実話をもとにお書きになった童話です。

それは、さださんが小学校1年生の誕生会のことでした。
さださんを一番かわいがっていらしたおばあさまが

「誕生日には一番好きなものをプレゼントするよ」

と言いました。

そして、迎えた誕生日の当日。
テーブルの上には色とりどりのご馳走が並んでいました。

そのご馳走の中に山盛りのおにぎりがありました。
でも、そのおにぎりは
その場の雰囲気には全く合わないものでした。

実は、さださんのおばあさまのおにぎりは
さださんの大好物で、
おばあさまはさださんのことを考えて
いつものおにぎりをたくさん作って
ご馳走が並ぶ中置いたのです。

でも、まだ小学校1年生のさだ少年は
おばあさまの胸のうちを理解できるわけはありません。

結局おにぎりには全く手もつけず、
お友達と遊びに行ってしまいました。
テーブルの上には手つかずのおにぎりの山が残っていました。

なんとなく子供心に気になりながらさだ少年が家に帰ると、
おばあさまは薄暗い土間の食堂で
そのおにぎりを一つ崩してお茶漬けにして食べていました。

それを見たとたん、さだ少年は

「今から食べるけん」

と言いましたが、おばあさまは

「そんなに気ば使わんでもよかよ」

と言いました。

さだ少年は子供心に
「なんてことをしてしまったんだろう」
と後悔して、泣きながらそのおにぎりを
二つ食べたんだそうです。

<『おばあちゃんのおにぎり』(さだまさし著)>

[9/19] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今日は福岡に伝わる『はな垂れこぞう』というお話です。」

今から200年以上前、
正直者のおじいさんとおばあさんがいました。

おばあさんは畑仕事、
おじいさんは山で柴(しば)刈りをして
その柴を売って暮らしていました。

ある日、おじいさんがいつものように柴を売りましたが、
なぜか一つも売れません。
結局、重い柴を担いで帰ることになりました。

帰る途中、川がありました。

「よし、水神様にお参りして帰るとするか」

と、柴を川に流し、水神様にお祈りしました。

そして、帰ろうとすると
そこには美しい女性が立っていました。

「さきほどはたくさんの柴をありがとうございます。
 お礼に水神様がこの小僧様を
 差し上げたいとおっしゃっています。
 この小僧様は鼻たれ小僧様といって
 願いを何でも叶えてくれます。
 なお、エビのなますしかお食べになりませんので、
 毎日新鮮なエビをとって
 エビなますを差し上げてください」

と、その小僧を差し出しました。

その名のとおり鼻をたらした小僧様です。
おじいさんはその小僧様を大事に抱いて帰り、
おばあさんと二人で大事に育てることにしました。

小僧様は何でも願いを聞いてくれ、
そして、いつしか二人は村一番の大金持ちになっていました。

ところが、二人はだんだんとこのご恩を忘れて
わがままを言うようになりました。

おじいさんは、

「毎日冷たい川に入ってエビをとるのが億劫になってのう」

おばあさんは、

「あたしゃこの小僧の鼻水を見るのも気持ち悪うなってなぁ」

そこで、二人で相談して
鼻たれ小僧様に帰ってもらうことにしました。

「申し訳ないのじゃが、鼻たれ小僧様、
 水神様のもとへお帰りいただけんじゃろか」

と、おじいさんはお願いしました。

すると、鼻たれ小僧様は大変悲しそうな表情を浮かべ、
そして、鼻汁をズルズルとすすりながら姿を消しました。

その瞬間、村一番の立派なお屋敷や蔵は消えてしまい、
野原にぽつんとあばら屋が残っていたそうな。

<はな垂れこぞう~きょうの日本昔話~>

[9/18] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今日は鹿児島に伝わる『十数えてごらん』
 というお話です。」

むかしむかしの大晦日のことです。
貧しいお坊さんが村を歩いていました。

途中で大きな庄屋さんの家を見つけると

「何か食べるものを恵んでくだされ」

と言いました。

でも、けちな庄屋さんは

「お前なんかにやるもんはない。とっとと帰れ!」

と言いました。

仕方なくお坊さんはその隣の貧しい
おじいさんとおばあさんの家へ行きました。

すると、おじいさんとおばあさんは

「たった今、アワのおかゆができたところです」

とお坊さんを家の中に招き入れました。

でも、お鍋の中はお湯ばかりでアワなど少しも見えません。

お坊さんは言いました。

「そのお鍋を洗って、
 そこにある葉っぱを3枚入れて
 もう一度煮てごらんなさい」

言われたとおりにすると
なんとお鍋の中にお野菜の煮物が
いっぱい出てきたのです。

次に、お坊さんは米粒を3粒取り出して

「このお米を炊きなさい」

と言いました。

そのとおりにすると、
今度はお釜いっぱいにホカホカのご飯が
炊き上がりました。

食事がすむとお坊さんは、

「明日はお正月です。
 もし望みが叶うなら宝物が欲しいですか?
 それとも、もう一度若くなりたいですかな?」

と聞きました。

おじいさんとおばあさんは

「二人が出会った17歳の頃に戻りたいです」

と答えました。

すると、お坊さんはたらいにお湯を沸かして、
その中に黄色い粉を入れました。

そして、

「さぁ、手をつないでお湯に入りなさい。
 そして数を十数えてみなさい」

一、二、三、四、五、六、七、八、九、十

と数えると、
なんと二人は若い娘と若者になりました。

元日の朝、お隣の庄屋さん夫婦は驚き、
すぐにお坊さんを自分の家へ連れて行き、
若返りたいとお坊さんに頼みました。

お坊さんはお風呂の中に赤い粉を入れました。

そして家族全員で入り、十数えると
庄屋さんと奥さんは猿に、
そして息子さんは犬になったんだそうです。

<十数えてごらん~鹿児島県の民話~>