[2/29] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は『春を告げるもの』のお話をしています。
 鳥、お花、お魚、山菜に続いて、最後は流氷です。」

北海道のオホーツク沿岸には
毎年1月半ば頃からたくさんの流氷がやってきます。

今年初めて肉眼で流氷が確認できたのは1月21日。
例年通りだったそうです。

さらに、流氷が沿岸に到着してくっついた状態になったのが
1月26日だったそうです。

海水はマイナス1.8度まで冷えると凍り始めます。
最初に海水中の真水の部分が凍り始めて、
浮き上がって海面を覆って薄い膜になっていきます。

寒い日が続いてくるとこの柔らかい氷の膜が
どんどんどんどん硬くなっていって、
薄い氷の板になっていきます。

この氷の底の面に接した海水が徐々に凍って
厚くなっていくのだそうです。

「なるほどね」

北海道で見られる流氷の厚さというのは
平均40cm~50cmもあるそうです。
この流氷が来ますと猟師さんは漁に出られなくなります。

以前は流氷はとても迷惑というか、
そういう存在だったのですけれども、
流氷の海はとても栄養分が豊富で
プランクトンがよく育つということがわかりまして、
プランクトンを追ってたくさんの魚が一緒になって
押し寄せてきてくれるということで、
流氷が多い年はプランクトンが多いということで
ホタテが大きく育つとも言われているそうです。

そんな流氷ですけれども、
去年流氷が肉眼で見られなくなった日というのが
4月13日だったそうです。

オホーツク海沿岸の人たちは
この流氷の姿が見られなくなると
「あぁ、そろそろ春だなぁ」なんて
春の訪れを感じていらっしゃるのだそうです。

「そんなわけで、今週1週間
 春の訪れのお話をしましたけれども、
 私が毎年『あぁ、春がきたなぁ』って
 春の訪れを感じるのはどういうことかって言うと、
 愛犬とね、お散歩をしていると
 アリさんが歩いているんですよね。
 土の上をちょこちょこちょこちょこ。

 『あっ、アリが出てきたなぁ』と思って
 『あぁ、春だなぁ』なんてアリさんを見て
 春を感じるんですけれども。

 あとはやっぱり日差しを感じるようになりますよね。
 そんなふうに日差しを感じられるようになったり、
 小さな花とか、虫たちが歩いてたりとか、
 そんな小さな春を探しながら
 私たちも春を待ちたいなという感じでしょうか。」

<流氷サイト>

<北海道立オホーツク流氷科学センター>

[2/28] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「春のお野菜と聞けば山菜を思い浮かべる方も
 いらっしゃるかと思います。
 今日は山菜のお話をします。」

同じ山菜でも雪国や北国のものは
特においしいと言われているそうです。

理由は、冬の期間が長いのでそれだけ春が短くなります。
その短い春の間に山菜が一気に伸びるということで
柔らかくて香りがよくなるからなのだそうです。

そんな春を告げる山菜の代表といえばフキノトウ。
春の山菜はフキノトウから始まります。

フキノトウはフキの花のつぼみで、
まだ葉が出る前にフキノトウだけが
独立して地上に出てきます。

寒さに耐えるようにつぼみを包む葉が
何重にも取り巻いています。

そのまま採らないでいると
あっという間に茎が伸びてきて花が咲いてくるそうです。

「すごいですね。
 採れたてのフキノトウの天ぷらはおいしいですよね。」

山菜の王者、天ぷらの王様と言われているのがたらの芽です。

たらの木はマッチの軸などに使われている柔らかい木で、
成長すると高さが4~5mになります。

春になると茎の先端にふっくらとした芽が出てきて、
これをとって食べます。

そして、ウド。
このウドも春を告げる山菜の仲間ですね。

酢味噌であえたり人気がありますけれども、
食べられるものは春に出る芽の部分だけで、
それを過ぎると2~3mにもなるのだそうです。

ここまで大きくなってしまうと食べることができなくて、
かといってウドは木ではなくて植物なので
他に応用がきかないということから、
無駄に大きくて役に立たないということを
「ウドの大木」というふうに
よく言われていますけれども、
そういう意味があったのだそうです。

「山菜というより季節野菜のお話なんですけれども、
 関西地方にお住まいの方は
 たぶんご存知だと思うんですけれども、
 春先の野菜として若ごぼうっていうのが出るんです。

 ほんのこの短い期間だけしか食べれないお野菜でね、
 炒り煮にしていくんですよね、甘辛く。

 このお惣菜がほんとにおいしくて
 私大好きなんですけれども、東京ではね、
 なぜだか若ごぼうが買えないんですね、ないんです。

 だからほんとに母にいつもお願いして、
 このお惣菜にしてもらって送ってもらって
 この春の時期にはそれを楽しみにしていただいています。」

<ふきのとう(蕗の薹)~食材事典~>

<たらの芽~食材事典~>

<うど(独活)~食材事典~>

<八尾市特産の若ごぼう>

[2/27] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は『春を告げるもの』のお話をしています。
 鳥、お花に続いて今日はお魚です。
 春を告げるお魚、いったいどんな感じでしょうか。」

古くから春を告げるお魚として知られているのはニシンです。

3月になるとニシンが産卵のために
北海道の沿岸に押し寄せてきて、
猟師さんはニシンを獲りに漁に出ます。

浜にはお酒を捧げた祭壇が作られて、
ニシンを迎えるお祭りをしたのだそうです。

やがて猟師さんたちの勇ましい掛け声が浜に響き渡ると
長い冬の終わりと春の訪れを感じていたのだそうです。

ところが、昭和30年代頃から
ニシンの数がどんどん減っていって、
今ではこうした浜の光景というのは
見られなくなってしまっているのだそうです。

現在では国産のニシンというのはオホーツク海で
ほんのわずか獲れるのみなのだそうです。

そんなニシンに代わって春を告げるお魚として
知られているのが「さわら」です。
漢字でお魚偏に春と書いて「鰆」。

まさに春を告げるお魚としてぴったりですけれども、
特に瀬戸内海地方では「春告げ魚」というふうに
呼ばれているのだそうです。

鰆は暖流に乗って広く回遊するので
場所によって旬が違います。

関西では桜の季節に獲れる春鰆を好んで、
関東では1月から2月の寒鰆が好まれるそうです。

東北とか山形では桜鱒(さくらます)が
春を告げるお魚なのだそうです。
山形県のお魚にもなっています。

川で産卵して生まれた稚魚が
1年間は川で生活しながら成長して、
2度目の春を迎えると海に下っていって
1年間オホーツク海や日本海を回遊するそうです。

そして、3度目の春に生まれた川に戻ってくるのです。
体の色が桜色になった桜鱒が川に戻ってくると
山形では春の訪れを感じられるのだそうです。

「改めてね、生物ってすごいなぁって思ったのは
 前にね、うなぎのお話をして
 そのときもかなり衝撃を受けましたけれども、
 この桜鱒も卵からかえって自分たちのすべきことを
 そのときに認識しているっていう、
 もうプログラミングされているっていうのがね、
 すごい季節を感じて、どの海を回遊して、
 そんな広い海をバンバン回遊したにもかかわらず、
 また生まれた川に戻ってこれるんですからね、
 すごいもんですよね。」

<ニシン~稚内水試ホームページ~>

<岡山の鰆(サワラ)>

<桜鱒(サクラマス)~お魚ちゃん図鑑~>

[2/26] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「春を告げるお花といえば
 いろいろありますけれども、
 梅の花も早春を告げるお花ですし、
 桜の花で春の訪れを感じられる方も
 いらっしゃるかと思います。
 今日は春を告げるお花のお話をします。」

春を告げるお花の中で
春に一番早く咲く花というふうに言われているのが
「ゆきわりそう」なのだそうです。

この「ゆきわりそう」は漢字で
「雪を割る草」と書く「雪割草」です。

この雪割草は、金鳳花(きんぽうげ)科の
ミスミソウ属に分類される植物の総称です。

中でも有名なのは、新潟の雪深いところに咲く
オオミスミソウという植物なのですけれども、
早春のまだ雪が残っている頃にお花を咲かせて
春を告げる植物として「雪割草」の名前で
よく知られているお花です。

同じ雪割草でも漢字でなくてカタカナで
「ユキワリソウ」と書くお花があるそうです。

このカタカナのユキワリソウというのは
サクラソウ科の植物で高山で咲くそうです。

だから、「ゆきわりそう」って一つじゃなかった
と言うことなんですよね。

さて、春を告げるお花としまして
クロッカスも親しまれていますけれども、
ちょうど今頃の時期、2月の終わりから
3月にかけてお花を咲かせます。

雪解けの時期とだいたい同じ時期に咲かせるということで、
春を告げるお花というふうに言われています。

「ギリシャ神話にね、クロッカスが出てきてて、
 クロッカスという名前の美しい青年が
 羊飼い娘のスミラックスという女の人と
 結婚をしようとしていたんですけれども、
 それが神様たちに反対されて仲を引き裂かれて、
 クロッカスは自ら命を絶ってしまって
 一人残された彼女のスミラックスが毎日嘆いていたと。

 そんな二人を哀れんだ花の神フローラが
 その青年をクロッカスにして、
 娘をサルトリイバラというお花に変えた
 というお話がありまして。

 クロッカスっていうのはイメージで言いますとですね、
 高さが10cmぐらい、
 チューリップが少し開いた感じの
 けっこう凛としたきれいなお花ですね。

 で、悲しんだ彼女のほうです。
 サルトリイバラはトゲを持ったいばらなんです。
 でも、お花は白っぽくて黄色っぽい
 小さくて可憐でかわいらしいお花です。」

<「雪割草」~フジ園芸~>

<クロッカス~季節の花 300~>

<猿捕茨(サルトリイバラ)~季節の花 300~>

<サルトリイバラ~花の日記~>

[2/25] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「2月最後の1週間になりました。
 少しずつではありますが春の気配が近づいてきます。
 私たちはいろいろなものを通じて
 春の訪れを感じていますけれども、
 今週は『春を告げるもの』のお話をしたいと思います。」

春を告げるもの、初日の今朝は鳥です。
春を告げる鳥といえばウグイス。

ウグイスという名前には諸説あるそうですけれども、
一般的には鳴き声からその名前がつけれられた
というふうに言われています。

「ウグイ」というのが鳴き声を表していて、
「ス」は鳥を表す接尾語なのだそうです。

「梅にウグイス」という言葉もありますね。
梅とウグイスはとても取り合わせがよいということから
「仲がよい」などの意味でも使われています。

でも、実際にはウグイスは梅の木には
あまり止まらないそうです。

どうしてかと言いますと、
ウグイスというのはとても用心深い鳥なのだそうで、
人間の前にはっきりと姿を見せることが
ほとんどないそうです。

確かにどこかで「ホーホケキョ」って聞こえて、
キョロキョロキョロキョロ
どこだろ?どこだろ?って探しても
ウグイスの姿ってけっこう見えないじゃないですか。
だからなんですね。

では、どうしてこの「梅にウグイス」という言葉が
生まれたのかというところなんですけれども、
これは他の鳥をウグイスと
見間違えてしまったからなのではないか
というふうに言われているそうです。

「じゃ、その『他の鳥』というのは何かと言いますと、
 メジロという鳥なんですって。

 パッと見がですね、メジロとウグイスは
 まぁ似ているようなんですが、
 よく見ると実は違ってまして。

 体の色がメジロは明るい緑色で、
 ウグイスは緑というよりも茶色に近い色をしています。

 なので、どうしてもメジロが梅の木に止まったときに
 たまたまね、どっからか『ホーホケキョ』って聞こえると
 『あっ、梅の木にウグイスが止まっている』
 っていうふうにね、勘違いしてしまうんだそうですね。

 よく『うぐいす豆』とか『うぐいす餅』などの色は
 緑色をしているんですけれども、
 これも本当はメジロのほうの緑色が
 影響しているみたいですね。

 なんかなかなか面白いですね。
 ウグイスってそうなんだ、茶色っぽい鳥なんですね。
 緑の鳥を見かけたときはそれはメジロです(笑)」

<ウグイス(ウィキペディア)>

<ウグイス ~ Yachoo! オンライン野鳥図鑑 ~>

[2/22] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「2年前の春頃から赤い色をした商品が
 いろいろな企業から誕生したのをご存知ですか?
 今日はそのお話をします。」

この赤い色、レッドカラーの商品は
例えば、アップルコンピュータ、GAP、
ジョルジオ・アルマーニ、モトローラなどの商品です。

実は、これは「プロダクトRED(レッド)」
という名前のプロジェクトで、
2006年の1月に発表されました。

参加企業がREDという名前の共通のブランド商品を
開発・製作、そしてその売り上げの一部を
世界基金に寄付するという仕組みです。

主にアフリカでのエイズ対策支援、
特に女性や子供をエイズから救うための
資金として役立てられています。

企業が単に慈善事業に参加するのではなくて、
自分の会社が持つブランドの企画力とか
マーケティングやネットワーク力を活用して
企業と世界基金の両方に利益のある、
そして持続的な関係を生み出していくという取組みです。

このプロダクトRED関連の商品の
売り上げによる寄付ですけれども、
去年の秋の段階で4900万ドルになったのだそうです。

具体的にどういう資金になっているのかと言いますと、
母から子供への感染を防ぐための母親への治療とか、
エイズ治療を実際に行う保健所の開設、
そしてHIV抗体検査やカウンセリングの
実施などに使われました。

「私がこのプロジェクトを知ったきっかけっていうのは
 モトローラ社の携帯電話だったんですけれども。

 例えばね、携帯の機種の色を
 そのプロダクトREDの商品である赤の機種を選ぶだけで
 小さいかもしれないけど支援の手助けができる、
 そういう意味でこのプロダクトREDっていうのはね、
 なんか気軽なきっかけをつくってくれる、
 そういうプロジェクトなんだなぁと思って
 今回お話させていただきました。

 このプロダクトREDも一過性のプロジェクトにならずに
 持続性を持ってしっかり受け止めて
 いけたらいいなぁって思いますね。

 というわけで、今週は前回のクリスマスのときに続きまして
 人を思う心の贈り物のお話をさせていただきました。

 今週もね、みなさまの心のどこか、片隅にでも
 何かが引っかかってくれたり、
 とどまって考えてくださったりして
 何かのきっかけになればいいなと願っております。」

<プロダクトRED・世界基金支援日本委員会>

[2/21] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「みなさんピンクリボンという言葉を耳にしたり
 目にしたりしたことありませんか?
 このピンクリボンには、特に女性にとっては
 大切なメッセージが込められています。
 今日はそのお話をします。」

ピンクリボンとは、アメリカで
乳がんで亡くなられた患者さんのご家族が
このような悲劇が繰り返されないように
という願いを込めて作ったリボンが始まりです。

1980年代、アメリカでは乳がんの患者さんが
増えつつあったのだそうです。

そこで、行政や市民団体、企業などが
乳がんの早期発見を進めるためのイベントを行ったり、
ピンクリボンをあしらった商品を販売しました。

その売り上げの一部を
乳がん撲滅の財団や研究団体に寄付したり、
積極的に運動に取り組んで
乳がんに対する市民や政府の意識を変えていきました。

このピンクリボン運動によって
アメリカでは1993年から10月の第3金曜日が
ナショナル・マンモグラフィーデーに制定されました。

このマンモグラフィーというのは
乳がんを診断する方法の一つで、
乳腺とか乳房の専用のレントゲンの機械です。

ピンクリボン運動が盛んになってきたことで
乳がんへの意識が変わって、
マンモグラフィー検診が普及していきました。

その結果、乳がんによる死亡率も低下していきました。

ここ数年日本でもピンクリボン運動が盛んになっていて、
市民団体、専門家、企業、患者さんの会などが
乳がんの早期発見の大切さ、
乳がんの正しい知識を知ってもらうための
さまざまな活動を行っています。

「東京にお住まいの方で、ふとある日
 『あれ?東京タワーが今日ピンク色の灯りだわ』
 なんてご覧になったことありませんか?

 実は年に一度10月1日にピンクリボンキャンペーン
 というのが行われていましてね、
 東京タワーとか、あと東京では都庁ですとか
 レインボーブリッジとか、表参道ヒルズもそうです。

 あと神戸なんかでは、神戸のポートタワーですとか
 明石海峡大橋などがピンク色のライトで
 ライトアップされます。

 なんとなく自分は大丈夫かななんて思って
 ついつい検診を怠ったりしがちな部分ではあるので、
 こういうキャンペーンなどを通じて
 マンモグラフィー検診なんかを積極的に
 受けられたら安心かななんて思います。」

<J.POSH ~日本乳がん ピンクリボン運動~>

[2/20] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「昨日は、世界には難民と呼ばれている人たちが
 1900万人もいて、その人たちの救済のために
 活動している国連難民高等弁務官事務所、
 UNHCRのお話をさせていただきました。
 今日もその続きをお話します。」

一般的に難民と呼ばれている人たちは
ほとんど何も持たずに避難しています。

命からがら逃げてきても
男性は兵士として戦地に駆り出されてしまったり、
殺害されてしまうケースが多いそうで、
難民の方というのは約8割が
女性と子供たちなのだそうです。

そこでUNHCRでは
保護を求めて逃げてきた難民のために
まずはキャンプを作ります。

そして、テントや毛布、水や食料、
医療・生活用品などを支給して、
最低限の生活が送れるように支援しています。

避難生活は数ヶ月で終わることもあれば
10年、20年と長期化することもあります。

UNHCRでは緊急事態がある程度落ち着いた段階で、
今度は難民の人たちが自立していく支えとなるように
サポートしていきます。

例えば、子供たちには教育を、
大人たちには職業訓練を。

ひとまず避難生活が終わると、
今度はゼロから生活を立て直すことが必要になります。

一番の理想は、自分の故郷に平和と安全が戻って
自分たちも帰れるということなのですけれども、
事態が収拾されずに長期化する場合もあって、
そんなときは避難先の国が難民の人たちを受け入れたり、
第三国が受け入れることもあります。

また、戦場となった土地には
地雷が埋められている場合もあります。

故郷に帰る途中に地雷の被害に遭う人も大勢いるそうで、
UNHCRではそうした地雷の被害に遭うことのないように
講習会を開いたりもしているそうです。

「初日にお話した国境なき医師団の
 みなさんもそうですけれども、
 こういう国連機関もそうですけれども、
 こういう支援を行っている機関があるんだなぁって
 知ることが一番最初の第一歩で、
 知らないと知っているとじゃまたぜんぜん違うことで。

 もしそれが自分の心の中にね、
 何かそのことを考える小さな小部屋みたいなものが
 常にできたら、なんかいいきっかけに
 なっていくのかもしれないなぁって、
 なんとなくそういうふうに思うんですよね。」

<日本UNHCR協会-Japan for UNHCR->

[2/19] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「世界には戦争や災害で住むところを
 失った人たちがたくさんいます。
 いわゆる難民と呼ばれている人たちですけれども、
 この難民問題に取り組んでいる団体があります。
 今日はそのお話です。」

世界には内戦や紛争に巻き込まれたり、
宗教や人種、政治的な立場の違いなどの理由で
迫害を受けて故郷を離れている人たちがいます。

その数は全世界で1900万人とも言われています。

安全な場所を求めて国境を越えて
他の国に避難した人たちのことを「難民」、
そして、同じ国内の別の地域に避難した人たちのことを
「避難民」というふうに呼んでいます。

そんな世界の難民救済を目的に
国連の難民支援機関として1950年に設立されたのが
国連難民高等弁務官事務所、UNHCR(注)です。

スイスのジュネーブに本部を置いていまして、
約6300人の職員の方々が
世界約120ヶ国で援助活動を行っています。

その活動資金は、各国政府からの資金と
民間からの寄付によって支えられています。
それでも、活動資金は常に不足しているのだそうです。

資金不足が原因でせっかく難民を支援するために
計画されていたプログラムなどが
縮小されてしまったりとか、
最悪の場合は中止されてしまったりという事態も
起きているくらいなのだそうです。

そのためUNHCRの難民支援の活動をもっと
民間から支えていこうという動きが世界的に高まりました。

その中でアメリカ、オーストラリア、フランス、
スペインに続いて、日本でも2000年に
民間からの公式支援窓口として
日本UNHCR協会というのが設立されました。

「例えば5000円で何ができるのかなぁって言うと、
 避難中でも炊事ができるように
 調理器具セットを2家族分提供できたり、
 1万円では過酷な状況におかれた人々の
 健康診断の費用、25人分もできたり、
 あと3万円では家族5、6人が身を寄せ合って
 暮らしていけるテントを2つも張ることができると。

 明日もこのUNHCR、国連難民高等弁務官事務所の
 お話の続きをさせていただきたいと思います。」

<UNHCR Japan>


(注)

UNHCR : United Nations High Commissioner for Refugees

[2/18] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「昨年の12月に、人を思う心の贈り物、
 例えばその中にはチャリティーですとか
 ボランティア活動なんかもあるんじゃないかなと思って、
 クリスマスの時期にですね、
 そういうお話をさせていただきました。

 そのお話をさせていただいたときに
 たくさんの方々からお問合せですとか
 メッセージをいただきました。
 本当にどうもありがとうございました。

 そして、ぜひまた取り上げてください
 という声もたくさんいただきましたので、
 今週も人を思う心の贈り物、
 そのお話をさせていただこうと思います。」

「国境なき医師団」という言葉を
耳にされたことはありますか?

これは通称「MSF」というふうに呼ばれています。

1971年にフランスで設立されました。
非営利を目的とした国際的な
民間の医療・人道援助団体です。

世界約70ヶ国に年間約4700人以上の
お医者さん、看護師さん、助産師さんなどを派遣して、
助けを必要とする人たちに医療を提供したり、
水や衛生環境を整備したり、
予防接種や心理ケアなどの援助活動を行っている団体です。

独立、中立、公平というのが基本理念で、
誰からも干渉や制限を受けることなく
助けを必要としている人たちのところへ行って、
わけへだてなく援助を届けるという、
そういう活動をしているところです。

こうした活動の中には
危険を伴うこともあるそうですけれども、
それでも世界のどこかで誰かが助けを必要としている限り
この国境なき医師団というのは現地に向かっています。

現在、この国境なき医師団は世界19ヶ国に
支部を持っていて、日本の支部もそのうちの一つです。

日本国内での医師団参加者の募集、広報活動を通じて、
MSFの活動への賛同を募って、
必要な援助を行うための資金を集めています。

例えばですけれども、1万円でできること。
それは、外科手術用の麻酔キットを
8人分購入することが可能なのだそうです。

2000円では、避難民100人に
緊急栄養食を提供することができます。

「支援方法というのは実はいろいろありましてね、
 継続的な寄付というのもあるんです。

 例えば、『1日50円キャンペーン』
 なんていうのがありましてね、
 それはだいたい毎月1500円ぐらいです。
 『1日100円キャンペーン』というのもあります。

 いろいろなかたちがあるのでね、
 直接的にお手伝いできなくても
 なんか気持ちを贈ることができるかもしれない、
 そういう心の贈り物、また明日もお付き合いください。」

<国境なき医師団日本>