[4/30] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「象といえば、あの長い鼻が特徴ですよね。
 まるで手のように上手に鼻を使って
 食べ物を口に運んだり、
 水を吸い込んだりしています。
 今日はその象のお鼻のお話をします。」

まず、象は自由自在に鼻を動かすことはできますが
骨はありません。
すべて筋肉でできています。

というのは、象さんのお鼻というのは
鼻と上唇が発達したものだからだそうです。

今から3800万年前、
北アフリカにいた象の祖先は背が低くて、
まるでダックスフントのような体型で
鼻も短かったのだそうです。

やがて進化していくにつれて背が高くなって、
それにつれて鼻の穴のついた上唇が
少しずつ長くなって、自由に動いて
食べ物をつかんだりできるようになっていきます。

しかし、そのままでは立ったままで
地面の餌をとったり水を飲んだりしにくいので、
地面につくように鼻がにょきにょきと
伸びていったというふうに言われています。

「象さん一つとっても、ものすごい進化していますよね」

そして、その象の鼻ですけれども、
嗅覚にも優れています。

象の鼻というのは、3~4kmも先にある
すべての匂いをかぎ分けることができるのだそうです。

さらに、鼻を地面につけることによって
他の動物の走る振動もキャッチすることができるそうです。

ちなみに、生まれたばかりの
赤ちゃん象の鼻ですけれども、
赤ちゃん象の鼻はただ最初のうちは
ぶらぶらぶらぶらしているだけで
物をつかんだり水を飲んだりすることは
できないそうです。

成長していくにつれて鼻の使い方を
少しずつ覚えていくのだそうです。

大人の象になってからはこの鼻の使い方にも
差が出るそうなのですけれども、
人間にも手先が器用な人と不器用な人がいるように
象さんも同じように鼻の使い方に
器用、不器用があるそうです。

「おもしろいですね。

 そして、意外と知られてないというか、
 みなさんご存知ですか?

 象さんの妊娠期間って
 20ヶ月から22ヶ月なんですって。

 なので子供がですよ、生まれてすぐ立ち上がって
 群れとともに歩いて移動しなければいけない
 という象さんたちですから、
 小象はそれだけの期間かけてお母さんのお腹の中で
 成長していかなければならないという、
 そういうことですよね。

 よく象さんの群れで見るのは、
 群れの真ん中に小象を入れてね、
 大人の象さんたちが守りながら移動している姿が
 なんかなんともこう、
 いいなぁって思うんですけれどもね。」

<実験!どこまでつかめるか?~ゾウの鼻の不思議~>

<象が踏んでもこわれない!『アーム筆入』の今>

↑ 懐かしいですね (*^_^*)

[4/29] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「象は大昔はオーストラリアと南極以外は
 すべての大陸に存在していたのだそうです。
 それが自然環境の変化や
 人類が狩りを始めたことから衰退し、
 生息地域も数もどんどん減っています。
 今日はそんな象の種類のお話をしたいと思います。」

象は大きく分けると、アフリカゾウとアジアゾウの
2つに分けられるのだそうです。

このアジアゾウは、一般的にインドゾウと
総称されることが多いのですけれども、
さらに細かく分けていくと
インドゾウ、セイロンゾウ、スマトラゾウ、マレイゾウの
4つに分けられるそうです。

ですから、インドゾウはアジアゾウの
1種ということになります。

アフリカゾウも細かく分けると、
大きな耳のアフリカゾウと
丸い耳のマルミミゾウに分かれるそうです。

アフリカゾウとアジアゾウの違いは、
まず大きさが違います。

アフリカゾウの体長は6~7.5m、体重が5~7トン。
それに対してアジアゾウは体長が5~6m、
体重が最大でも5トンということなので、
アフリカゾウのほうがちょっと大きく、
アジアゾウのほうが若干小さいです。

特徴としましては、アフリカゾウは
オスメス問わず大きな耳と牙をもっています。

アジアゾウにも牙はありますけれども、
アフリカゾウよりは小さくて、
特にメスの牙はオスよりも小さいそうです。

そして色ですけれども、アジアゾウはグレー色、
そしてアフリカゾウは茶褐色なのだそうです。

「私たちの象さんの印象はグレー色ですよね。
 なので、きっとアジアゾウが多いんでしょうね、
 動物園なんかで見かける象さんの中では。」

また、アジアゾウのほうが
頭が大きくて大脳が発達しているために、
アフリカゾウよりも賢くて働きものだと言われています。

生息している数ですけれども、
アフリカゾウが40万頭とも50万頭とも
言われているのですけれども、
アジアゾウのほうは、
数はその10分の1以下なのだそうです。

さらに、アフリカゾウもアジアゾウもですけれども、
数のほうがどんどん減っていて、
ともに絶滅危惧動物に指定されているということです。

「オランウータンもね、絶滅危惧動物だっていうのを
 旭山動物園に行ったときに聞いたんですけれども、
 象さんたちが絶滅危惧動物に指定されている
 っていうのははじめて知ったので、
 ちょっとショックなんですけれども。
 環境もね、動物もね、大事にしていきたいですよね。」

<アジアゾウとアフリカゾウ~パオパオランド~>

[4/28] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「いよいよゴールデンウィークですね。
 この連休中、ご家族連れで動物園にいらっしゃる方も
 いるのではないでしょうか。
 動物園の人気者の一つに象さんがいます。
 そこで、今週は象のお話をしたいと思います。」

実は、今日4月28日は「象の日」なのだそうです。

これは1729年、江戸時代の中頃、
現在のベトナムから日本に象がやってきて、
当時の天皇の御前に披露されたことに
由来しているのだそうです。

もともとこの象は当時の将軍徳川吉宗が
現在の中国の商人に依頼したものなのだそうです。

その依頼を受けて2頭の象が長崎に到着しましたが、
1頭は亡くなってしまったのだそうです。

残る1頭が江戸へ向けて出発し、
途中の京都で天皇の前で披露されました。

ちなみに、タイでは3月13日が「象の日」です。

古くからタイでは移動手段として象が使われていて、
タイの人々の生活と深い結びつきがあるそうです。

また、象は神聖な動物として崇拝されていて、
タイでは国の象徴動物に指定されています。
特に白い象は神様の使いとして珍重されています。

象のことを英語で「elephant」
というふうに言いますけれども、
この言葉の語源というのは、
古代インドの民族宗教のバラモン教の神様が
乗っている3つの頭をもつ白い象、
「エラワン」が語源なのだそうです。

「『エラワン』が『エレファント』ということですね」

この3月13日の象の日、タイですけれども、
タイでは各地で象にちなんだ催しが行われています。

きれいに着飾った象のファッションショーとか、
象が大好きなサトウキビとかフルーツが
山盛りで用意されて振舞われるそうです。

「以前にもこの番組でお話しさせていただいたことが
 あるんじゃないかと思うんですけれども、
 私は実は動物の中で象さんが一番好きなんですね。

 ロンドンに住んでた時に
 ロンドン動物園で出会った象さんたちが
 飼育員さんと遊んでいる姿を見てね、
 象さんが人間という生きものを
 とてもよく理解しているなって思ったんです。

 人間の出せる力とか弱さとかをしっかり理解して
 飼育員の人たちに接する姿っていうんですかね、
 それを見て、なんて心があったかいというか、
 心の広い動物だなって、頭がいいんだなって
 思った動物だったので好きなんですけれども。

 そういうわけで、
 今週は象のお話をさせていただきます。」

<象物園へようこそ>

[4/25] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「去年、この番組で日本とトルコのお話を
 させていただいたときに、
 たくさんの反響をいただきました。
 そこで、今日は改めてこのお話を
 ご紹介したいと思います。」

1890年、和歌山県串本町の沖で
トルコの船「エルトゥールル号」が遭難しました。

村の人たちは一人でも多くの人に
助かってほしいと救助活動を行いました。

その後、このお話を聞いた当時の明治天皇が
船を出されてその人たちをトルコまで
送り届けたというお話です。

このお話はトルコの教科書に載っていて、
トルコの人たちはずっと今でも
覚えてくださっているのだそうです。

このエルトゥールル号のお話には続きがありまして、
1985年の3月のことです。

イラン・イラク戦のさなかで、
当時のイラクのサダム・フセイン大統領が

「今から48時間後にイランの上空を飛ぶ
 すべての飛行機を撃ち落とす」

と宣言をしました。

当時イランにはたくさんの日本人が住んでいました。
すぐに日本人はイランを脱出しようとしましたが、
どの飛行機も満席で乗ることができませんでした。

すると、そこに2機の飛行機が到着しました。
それはトルコ航空の飛行機でした。

これは当時のオザル大統領がトルコ航空に
イランに残された日本人を助けるように
指示してくれたのでした。

今度は自分たちが日本人を救う番だと、
エルトゥールル号の事故から
95年も経っているにもかかわらず
助けてくれたのです。

実は先日、寬仁親王殿下が

「これこそ民間外交の本当のあるべき姿として
 後世に伝えていかなければならいと思います」

と述べられたのだそうです。

「当時決断をしてくださったオザル大統領ですけれども、
 きっと子供のころ教科書でこのことを知って
 大統領になられても忘れないでいてくださってね、
 私たち日本人に対して感謝の気持ちでいてくれたと。

 私たち日本人もね、このトルコの人たちの心に
 深く感謝するべきだと思いますしね。

 日本の子供たちにも伝えていかなければならない。
 そして私たち大人たちも絶対に知っていなければならない。
 すごく大事な大事なお話だと思うんです。

 私この話を読むと必ず泣いちゃうんですよ(涙)
 すいません。

 だけれども、みなさんの心にもすごく届けたいので、
 また機会があれば伝えていけたらいいなと思っています。」

<民間外交の鑑~海からつながる日本とトルコの友好~>


~ 管理人より ~

今日も杏樹さんは涙されていましたが、
それは杏樹さんご自身の体験も
強く影響しているように思います。

ほんとにこのお話は一人でも多くの人に
知っていてもらいたいですね。

詳しくは昨年の放送のときの記事もご覧ください。

<2007年06月21日の記事はこちら>

<2007年06月22日の記事はこちら>

[4/24] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「昨日は、急性白血病のため93年に
 わずか7歳でこの世を去った新潟の丹後光祐君と、
 そしてそのご家族の物語を
 紹介させていただきましたけれども、
 今日はその続きをお話しします。」

ほんの短い間の小学校生活で
光祐君が大切に育てたアサガオ。

光祐君が亡くなった後、
お母さんのまみこさんはそのアサガオの種で
毎年花を咲かせていきました。

そして、年々増えていく種を命の大切さを訴える
「いのちのアサガオ」として配ると、
子供たちの間にどんどん広まっていきました。

そして、「にいがた・骨髄バンクを育てる会」が
中心になり、この「いのちのアサガオ」は
全国的に知られるようになりました。

このお話は『いのちのあさがお』というタイトルで
97年に児童書に、そして2000年には
絵本と教育映画にもなりました。

実は、この光祐君のお母さんのまみこさんですけれども、
2003年に乳がんの宣告を受けたのだそうです。

そのとき、正直ここで人生が終わっても悔いはない
と思われたのだそうです。

しかし、まみこさんはまわりの方々の心配の気持ちとか、
主治医の先生からの「みんなが応援しているから」
という励ましの言葉に元気づけられて、

「私はまだ終われない。
 みんなから応援してもらっているのだから
 それに応えていかなきゃ。」

と思われたのだそうです。

現在まみこさんはお元気になられて
ボランティアで講演に出かけ、
骨髄バンクの大切さを伝えていらっしゃいます。

昨日今日ご紹介しましたこの丹後光祐君と
そのお母さん、まみこさんをつなぐアサガオ。

「『いのちのアサガオ』というこの物語には
歌もあるんですね。
最後にその詩を一部ご紹介します。」


 君は今生まれた
 耕した土の中から
 暖かな陽ざしをあびて
 緑の芽を出して
 君は教えてくれた
 命はただひとつ
 一度限りの命
 夢に向かって生きよう

 夏の花 アサガオ
 やさしく朝を告げる
 君の花 アサガオ
 あの人の庭にも
 いつまでも

 この命あるかぎり
 私は君に誓う
 一度かぎりの命
 愛を育てて生きよう

 君は教えてくれた
 命はただひとつ
 一度限りの命
 夢に向かって生きよう


「ということで、『いのちのアサガオ』のお話を
 させていただきました。」

<いのちのアサガオ>


~ 管理人より ~

杏樹さんが詩を朗読されているときに
感情が高ぶって思わず涙されるのを聞いて、
私も思わず胸が熱くなりました。

[4/23] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「『いのちのアサガオ』という言葉をご存知でしょうか?
 これは、急性白血病のためわずか7歳でこの世を去った
 新潟の丹後光祐(たんごこうすけ)君とご家族の物語です。
 今日はそのお話をします。」

丹後光祐君は5歳の時、急性白血病の治療のため
新潟の病院に入院しました。

なんとかして光祐君の病気を治そうと
お母さんのまみこさんも病院に泊まり込んで
看病にあたっていました。

光祐君が6歳の春、待望の退院許可が出ました。

4月からはピカピカの1年生になる光祐君でしたが、
治療のために丸坊主になった光祐君が
同級生たちにとけ込めるか
お母さんは心配だったのだそうです。

初めての登校日。

「その頭かっこいいなぁ。ちょっと触っていい?」

とガキ大将が言いました。

その言葉に光祐君が何と答えるか
お母さんは心配したそうですが、
光祐君はこう言いました。

「みんなも触っていいよ」

その言葉にみんなが集まり、
光祐君は一躍クラスの人気者になりました。

そして、同級生たちは体の弱い光祐君を受け入れ、
遠足や運動会、生活科の授業でも
思いやりを持って接していたそうです。

しかし、光祐君は夏休みに再入院が決まっていました。

そんな光祐君が気になっていたのは
種まきをしたアサガオのことだったそうです。

早く元気になってほしい、
病気に勝ってほしい、
そんな願いもむなしく1993年の9月、
7歳になったばかりの光祐君は
お母さんの腕の中で息を引き取ってしまいます。

お葬式の後、来る日も来る日もお母さんは
光祐君の命を守ってやれなかった悔しさ、
悲しさで泣いてばかりいました。

ある日、縁側で鉢植えのアサガオが
薄いピンク色の花を咲かせていました。

それは光祐君が学校で世話をしていたアサガオでした。

お母さんはアサガオの種を取り、
次の年に蒔くとまたきれいな花を咲かせました。

お母さんは毎年増えていくアサガオの種を
小さな袋に入れて配ることにしました。

この光祐君のアサガオのことを知った
小学校の先生がお母さんを訪ねて、
道徳の時間に子供たちにこの話をしてほしいと
お願いをしたそうです。

そして、この交流がきっかけになって
「いのちのアサガオ」運動は
子供たちに広がっていきました。

「この光祐君のアサガオのお話ですけれども、
 明日も続きをお話しします。」

[4/22] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「昨年の冬、高校ラグビーの全国大会に出場した
 広島・尾道高校は2回戦では優勝候補を破り、
 ベスト8に進出しました。
 その中心選手がこの春卒業したんですけれども、
 その選手は意外な道に進みました。
 今日はそのお話をします。」

その尾道高校ラグビー部の中心選手とは
福留未汐(ふくどめみしお)選手です。

チームで一番の107kgの体重で、
相手を圧倒してチームの全国大会での
初白星に貢献しました。

福留選手は高校の日本代表候補にも
選ばれるほどの逸材です。
各大学からも注目されていました。

中には名門早稲田大学から
推薦入学の誘いもあったのだそうです。

ところが、福留選手はその誘いを断りました。

そして早稲田大学以外の大学に行ったのかといいますと、
それも違いました。

実はこの春、大相撲の八角部屋に入門したのです。

知り合いを通じて親方を紹介された縁も
あったのだそうですけれども、
大相撲の道を選んだのは自分が好きなラグビーを
弟にもさせてやりたいからだったのだそうです。

今年中学3年生の弟さんも尾道高校の
ラグビー部に入ることを希望しています。

2人の兄弟をここまで育ててくれたお母さんには
大学と高校の学費は大きな負担になります。

ということで、福留選手は考えたのだそうです。


 お母さんにこれ以上の金銭的な苦労を
 かけさせるわけにはいかない

 でも、弟には強い学校に入学させて
 ラグビーをやらせてあげたい

 自分の好きなラグビーをやらせてくれた
 お母さんに恩返しをしたい


そういう気持ちで大相撲の道を選んだのだそうです。

しかし、正直なところラグビーをやめることに
後悔がなかったわけではないそうです。

でも、やはりお母さんへの恩返しの気持ちが強くて
大相撲への道を選んだということです。

力士となった福留さんは
先場所の新弟子検査に合格して、
今は来月からの夏場所でのデビューを目指して
稽古を頑張っているそうです。

「来月ですからね、夏場所のデビュー。
 ご家族思いの福留さんをですね、
 これからもなんか応援してあげたいですね。

 それから、何というしこな名になるのか
 っていうのも楽しみですから、
 ほんとにこれからも注目していきたいなって思います。

 ほんとにご家族のためにも、
 もちろんご自身のためにもね、
 頑張っていただきたい方ですね。」

<角界へ“タックル”尾道のFW・福留選手が転身>

<八角部屋 ~ goo 大相撲 ~>

[4/21] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「以前この番組で何度かご紹介させていただきましたが、
 世の中には心温まるお話がたくさんあります。
 そこで、今週はそんな心温まるお話をご紹介します。」

今日は、サッカーの横浜FCのカズさんこと
三浦知良選手にまつわるお話です。

サッカーが盛んなブラジルには
将来のサッカー選手を夢見る孤児たちを
育てる団体があります。

カズ選手は10代の頃
ブラジルに渡ってプレーしたことがあり、
ブラジルは第2の故郷でもあります。

その団体にカズ選手が200個もの
サッカーボールを贈ったことがありました。

贈られた子供たちは大変喜びました。

その後しばらくして、今度はJリーグがその団体に
ボールを寄付することになりました。

代理人の方がブラジルに行き、
少年たちにボールを渡すと少年たちは喜びました。

でも、そのボールを見て子供たちは

「同じボールだったらカズのがよかったな」

「カズのボールとっても使いやすかったな」

と口々に言ったのだそうです。

その代理人の方は「カズ」というメーカーを
知らなかったので不思議に思ったのだそうです。

そして、実際に子供たちが言う
カズというメーカーのボールを見せてもらいました。

実際にそのボールを見て、代理人の方は驚いたそうです。

その使い古されてボロボロになったボールには
かすれてしまってはいますがはっきりとペンで
現地のポルトガル語でこう書かれていたのだそうです。


 夢をあきらめるな カズ


そうなのです、カズ選手は200個のボールすべてに
直筆のサインとメッセージを入れていたのです。

それを見た子供たちは、
このボールはカズというメーカーのものだと
思い込んでいたのだそうです。

カズ選手から贈られた
「夢をあきらめるな」
の言葉は子供たちにしっかりと
届けられていたのですね。

「ほんと物質的な贈り物というだけでなくて
 その一つ一つに心を込められたカズさん。

 なんかカズさんの心温まるエピソードって
 いろんなところで聞く機会があるので、
 ほんとになんかこの方って、人の痛みとか
 そういうことのわかる素敵な方なんだろうなって
 想像しているんですけど、
 まだ一度もお会いしたことがないので
 あれなんですけれども。

 今日はそんなカズさんのお話でした。」

<三浦知良さんのオフィシャルHP>

<三浦知良~サッカー日本代表の軌跡~>

<三浦知良(ウィキペディア)>

[4/18] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「長い距離を走るということは、
 それだけ関節や筋肉に負担をかける
 ということでもあります。
 正しい走り方がとても大事ですけれども、
 今日はそんなお話です。」

理想の走り方の一つとして、
下腹部の筋肉を意識して力を入れて
おへそを引き上げる感覚で走る
というのがあるのだそうです。

腹筋がしっかりしていないと体の重心がずれるので、
太ももに負担がかかってしまうそうです。

お腹に力を入れることで
体が軽く感じられるのだそうです。

腹筋の筋力がないと揺れが大きくなってしまうので、
日頃から腹筋のトレーニングも大事です。

また女性の場合、胸の前あたりで腕を左右に
ビュッビュッビュッと振る方が多いそうですけれども、
それだと上半身と下半身の動きが
バラバラになってしまうので、
腕や肘を後ろに振ることで全身の動きが
スムーズになってくるのだそうです。

上半身と下半身の動きで次の日の
疲れの回復具合も変わってくるそうです。

そしてなんといっても大事なのが
走る前と走った後のストレッチ。

走る前には、背中、肩、太ももの前後など
入念に行いましょう。

走る前のストレッチは、これから走るぞという
やる気を起こす効果もあります。

そして走った後ですけれども、
太ももやふくらはぎの前後、股関節などを
中心にストレッチしていきます。

初心者のランナーの場合は
走る前の準備運動は入念にやっても、
走った後のストレッチを軽く思ってしまう方が
多いそうですので、ぜひぜひ走った後も
ストレッチを忘れずに行ってください。

今まで走ることに慣れていらっしゃらない方は
とにかく最初は30分間でも歩くことが大事だそうで、
それから少しずつ走っていって
走る時間を延ばしていくというのが理想なのだそうです。

「いきなりね、『今日から毎日5km走るわ』
 なんていって決めて、
 いきなりもうタッタッタッタッ走り始めるっていうのは
 やっぱり体にとって良くないんだそうですよ。

 この番組で何回も同じことをお話してますけれども、
 やっぱりマラソンシューズだったり
 ジョギングシューズっていうのはものすごく大事です。
 クッションのある靴を選んでくださいね。

 パッと見ね、悪くなってないんじゃないかしら
 って思うきれいな靴に見えても、
 やっぱり2、3年経ってるとクッションが
 悪くなっていることもあるんですって。

 なのでまめにね、マラソンシューズ、
 ジョギングシューズは新しいものに替えて
 足に合ったものを履いてください。」

<マラソントレーニング ~dinos~ >

<マラソンと健康 ~健康ネット~ >

[4/17] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「マラソン選手を見ていると細い方が多いんですけれども、
 やっぱり体重は軽いほうが速く走れるのかなぁ
 ということで、今日はそのお話をしたいと思います。」

マラソンの世界では体重が1kg増えるか減るかで
タイムが3分変わると言われているそうです。

やはり軽ければ軽いほどよいタイムが出るかというと、
必ずしもそうではないそうです。

例えば、2003年の東京国際女子マラソン。

翌年のアテネオリンピックの切符をかけて臨んだ
高橋尚子選手でしたけれども、
後半に失速してトップに約2分30秒の差をつけられて
2位に終わったことがありましたけれども、
体重が減っていたのも敗因ではないか
というふうにも言われていたそうです。

高橋選手のベスト体重は45kgなのだそうです。
でも、当日は43.5kgで1.5kg減っていたそうです。

マラソンの常識に、
ベスト体重であるほど結果が出やすい
というのがあるのだそうです。

ベスト体重というのは
選手が最大限の力を発揮できるときの体重。

ですから、選手はベスト体重をキープするために
日頃から食事管理をしています。

ベスト体重は人それぞれやっぱり違うそうですけれども、
基本的には皮下脂肪は少ないほうが
効率よく走れるのだそうです。

マラソンではスタートのとき体の中で
グリコーゲンが燃料として使われます。

でも、後半になるとグリコーゲンは使い果たされて、
体内脂肪がエネルギーとして燃焼されます。

でも、皮下脂肪というのは
体を動かす燃料にはならないので、
皮下脂肪が少なくて、そういう意味で痩せているほうが
効率よく脂肪をエネルギーに変えられるのだそうです。

しかし、マラソンの場合トレーニングの段階から
たくさんの水分が汗で失われます。

そのとき一緒に大切な電解質、
イオンとかナトリウムとかカルシウムなどが
失われてしまいます。

体重チェックは、
体重が増えた減ったを確かめるだけでなく、
どれくらい水分が失われたかというのを
知るためにも重要なのです。

「筋肉って、2種類ありましてね、
 持久力をつかさどる筋肉と
 瞬発力をつかさどる筋肉というのがあります。

 マラソン選手が主に使われている筋肉っていうのは
 持久力をつかさどる筋肉で、
 これは走ることで鍛えられるんだそうですね。

 その代わり維持が大変。
 走っていることで鍛えるので、
 走らなければ鍛えられないということなので。

 大会の後にね、
 翌日朝からまたもう走ってきましたって
 よくテレビなんかでね、見ますけれども、
 それはそういうことなんですって。

 そんなわけでまた明日お会いしましょう。」

<スリムなほど速く走れるの?~マラソンe知識~>