[5/30] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「実は今日、5月30日というのは
 その語呂合わせから『ごみゼロの日』
 とされているんだそうです。
 今日はそのお話をします。」

今日は5月30日、「ごみゼロの日」
ということなのですけれども、
さらに今日からの1週間というのは
「ゴミ減量化・リサイクル推進週間」
でもあるのだそうです。

これは今から15年前、1993年に
当時の厚生省がゴミを減らす運動を
全国規模で進めるために始めました。

当初は「ゴミ減量化推進週間」というふうに
始まったのだそうですけれども、
だんだんとゴミのリサイクル化の意識が
高まってきたために、1997年に
「ゴミ減量化・リサイクル推進週間」
という名前に変わりました。

こうして少しでもゴミを減らして
リサイクルの意識を子供に持ってもらうために
「こどもエコクラブ」というのもあります。

これは子供が誰でも参加できる
環境活動クラブということで、
環境省が応援しているそうです。

「こどもエコクラブ」というのは、
2人以上の仲間(メンバー)と
活動を支える1人以上の大人(サポーター)で
構成されているそうです。
最低でも3人でできるということですね。

このクラブが自主的に行う活動で、
生きもの調査とか町のエコチェック、リサイクル活動など
環境に関することなら何でもOKということで、
そうした活動をした後に報告し合っているそうです。

この「こどもエコクラブ」には
昨年度全国で約4200クラブ、
約17万人の子供たちが登録して
活動をしたのだそうです。

「なんかうれしいお話ですね。
 子供たちにね、ゴミを減らして
 リサイクルの大切さとか環境を守ることを
 教えるっていうのはとっても大事なことだと思いますし、
 もちろん子供たちに教えることばかりではなくね、
 まず大人の私たちが実践していかなければ
 ならないですよね。

 もう初日から申し上げてますけれども、
 便利に慣れないことですよね。
 便利を求めないこと。
 便利を追及していかないこと。

 そして、あれです。
 根拠のない情報に惑わされないで、
 本当を見極める知識を持つっていうのは
 すごく大事だと思います。

 あと私が一番感じるのは、
 自分に恥じることのない選択をしていく
 っていうことですよね。

 なんか敵は自分の中にいるんじゃないか
 っていう気がするので、甘えもそうですけれども、
 やっぱり自分に恥じることのない選択を
 していかなきゃいけないんじゃないかな
 っていうふうに私は感じてます。

 みなさんはいかがでしたでしょうか?

 これからも考えていきたいですね。」

<ごみやリサイクルについて考える 【小学生のひろば】>

<こどもエコクラブ [Junior Eco-Club] >

[5/29] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「去年の年末に、ペットボトルのキャップが
 子供の命を救うということで、
 ペットボトルキャップの有効利用のお話を
 させていただきました。
 たくさんの反響をいただきまして、
 今もまだみなさまからお問い合わせを
 いただいているんですけれども、
 今日は改めましてそのお話をしたいと思います。」

ペットボトルの小さなキャップですけれども、
捨てずに集めることで子供たちの命が救えます。

これは横浜にありますエコキャップ推進協会
というところが行っている運動で、
仕組みはこうなっています。

まず、飲み終えたペットボトルのキャップを外して
捨てずに集めていきます。

そして、ある一定量が集まった時点で
エコキャップ推進協会さんが取りに来てくれます。

そして、そのキャップをリサイクル事業者に売却します。

その利益をワクチンの購入資金として日本赤十字社、
JCV(世界の子どもにワクチンを日本委員会)へ寄付します。

そして、そのお金で発展途上国の子供たちに
ワクチンを送るという、簡単にご説明しますと
こういう流れになっています。

キャップは400個で10円になるのだそうです。

「400個でたった10円?!」

というふうに思うかもしれません。

800個集めて20円。

ポリオワクチンは一人分20円ですので、
20円で一人の子供の命が救えることになります。

800個集めると聞くと先が長いのではないかと
感じるかもしれませんけれども、
まずは1個ずつから集めるということを始めませんか?

例えば、家庭はもちろんですけれども、学校とか会社、
町内、マンションの単位とか団地単位とかで
協力して集めていけば決して難しい数では
ないのではないかと思います。

昨年末には944万個ものキャップが集まったそうで、
ポリオワクチンが11800人分購入することが
できるのだそうです。

「この番組で私はこのことを知りまして、
 ペットボトルのキャップを集めております。

 プラスティックのキャップならいいのかな
 なんて思って、お醤油のふたとかね、
 ポン酢とかめんつゆのふたなんかも
 私1回出したことがあったんですけれども、
 これはペットボトルのふたに限るということでした。
 たぶんそれは材料とかそういうことなんだと思います。

 可燃ゴミや不燃ゴミになってしまうんだったら、
 集めて一人でも多くの子供たちの
 役に立つといいなぁっていう、
 そんな気持ちがこもっている寄付のお話でした。」

<エコキャップ推進協会>

<世界の子どもにワクチンを日本委員会>

[5/28] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「ゴミを減らすためには3つの『R』、
 リデュース(Reduce)、減らす、
 リユース(Reuse)、これは繰り返し使う、
 リサイクル(Recycle)、これは再生する、
 のお話をさせていただきました。
 今日はその続きです。」

ゴミの出る量というのは年々減っていっていまして、
リサイクル率も上がっています。
今では20%を超えるようになったそうです。

また、子供会など住民の団体が缶とかビンとか
ペットボトルとか紙などを資源回収した量というのも
どんどん増えていっているそうです。

そうは言いましても、まだまだゴミの多くは
処理していかなければならなくて、
その金額は年間1兆9000億円にもなるそうです。

ゴミは処理しても消えてなくなりはしません。
最終的には埋め立てていくので、
埋め立て処分場を長く使うために
いろいろ工夫しているそうです。

まず可燃ゴミですけれども、燃やして灰にしますよね。
その灰を1200度以上の高温で加熱した後、
溶けたものを水で急激に冷やして固めると
スラグという砂に似たものが出来上がるそうです。

この灰をスラグにすることで
元のゴミの大きさの約半分になるのだそうで、
埋め立て処分場が広く、長く使えるように
なるということなのだそうです。

このスラグですけれども、
道路のアスファルト舗装などの建設資材としても
利用されているそうです。

それから不燃ゴミですけれども、
不燃ゴミ処理センターでは粗大ゴミというのは
粗大ごみ破砕処理施設で細かく砕いてから
埋め立てているということで、
とにかくとにかくゴミを小さくして
埋め立て処分場をできるだけ長く使えるという
努力をしているみたいです。

それでも、そういう埋め立て処分場が
数年後にはいっぱいになってしまうと
あちこちで言われていますけれども、
そうやってゴミを小さくする技術というのが
開発されていて、日本がけっこう開発のほうでは
最先端をいっているそうです。

「まぁ、おかげで埋め立てる容量も
 少なくなるということですけれども。

 自分たちはそれに甘んじることなく、
 やっぱりゴミを減らす努力をとにかく
 していかなきゃいけないっていうことと、
 あと、やっぱり水にしてもね、火にしても空気にしても
 何でもですけれども、石油にしてもですけれども、
 限りある資源というのを大切にして
 いかなきゃいけないという意識ですよね、
 意識、意識を持ちましょう。持ちましょうね。」

<いっしょに考えよう!わたしたちのごみ問題>

[5/27] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「ゴミを減らすためには3つの『R』、
 アルファベットの『R』が大事だと言われています。
 今日はそのお話をしたいと思います。」

3つの「R」。

まず1つ目はリデュース(Reduce)。

減少させるという意味ですね。
ゴミになるものを減らすということです。

具体的には、レジ袋のかわりに
買い物袋を持っていったり、
お買い物をした時に余分な包装を断ったり、
食事は残さずに食べきる、
生ごみを減らすということですね。

2つ目の「R」はリユース(Reuse)。

使ったものを捨てずに繰り返し使う、
また使うということですね。

例えば、一度使ったビンを
洗って繰り返し使ったりとか、
必要のなくなったものでも捨てずに、
例えばフリーマーケットに出して
それが必要だと思われる方にお譲りしたりとか。

「私も海苔が入っていた
 プラスチックの容器をペン立てにしたり、
 あとちょっとしたゴミ入れにしたりとかね、
 細かい消しゴムのかすとかを入れるような
 容器に使ったりしていますけれども。」

そして3つ目の「R」ですけれども、
これはリサイクル(Recycle)。

これは再生して再利用するというリサイクルですね。

一度使われた缶とかビンを溶かして、
新しい缶とかビンをつくったりすること。

こうしたリサイクル商品にはマークがついています。

例えば、環境に優しい商品にはエコマーク。

そして再生紙を使ったノートとか
コピー用紙には再生紙使用マーク。

古紙を使ったリサイクル商品にはグリーンマーク
などがついているのだそうです。

ちなみに、この3つの「R」ですけれども、
順番、意識する順番も大事で、
1番がリデュース、やっぱりゴミを減らす。
2番目がリユース、そして3つ目のリサイクル。

「私一人ぐらいがどうこうできないわよ
 って思いがちですけれども、
 一人ひとりの方の力が大きな力になりますからね。

 私、先日、強風でね、大雨が降った日がありましてね。
 そのときに数多くの人がビニール傘をさしていて、
 折れたビニール傘がね、
 街のあちこちに捨てられたのを見たんですよね。

 傘一つにしてももしかしたら言えるかもしれないな。
 すごく便利です、ビニール傘。
 でも、昔私たちの親が持っていたようなね、
 骨が十何本もあるような丈夫で
 しっかりした傘をさしていればね、
 もしかしたらゴミにはならないのかもしれない
 ってちょっと思ったりしました。

 意識してゴミを出さないようにしたいですね。」

<3R政策~経済産業省~>

<3R活動推進フォーラム>

<参考:2007年11月28日の放送>

[5/26] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「私たちが住んでいる地球で
 今問題になっているのが環境問題ですね。
 私たちがこれから先もずっと
 考えていかなければならない問題だと
 思うんですけれども。
 そこで今週は、ゴミとかリサイクルの
 お話をしたいと思います。」

まず、1年間に出るゴミの量、
いったいどれぐらいあると思われますか?

2005年度のゴミの量は
約5270万トンだったそうです。

これは家庭から出されるゴミはもちろん、
それ以外にもお店とかオフィス、学校などから
出されるゴミも含まれています。

これを人口で割りますと、一人当たり
一日に出したであろうゴミの量というのは
1131g、約1kgぐらいになります。

そして、人口858万人を誇る
東京23区の場合ですけれども、
同じく2005年度のゴミの量というのが339万トン。

東京23区は平成に入ってから17年間で
人口が約30万人増えているそうですけれども、
ゴミの量というのは逆に約150万トン
減ったということなのだそうです。

人口が増えたのにゴミの量が減ったということは、
一人ひとりゴミを出す量も
もちろん減ったのでしょうけれども、
おそらくリサイクル法などができて
リサイクルが進んできているからということも
あるのではないかと思いますけれども。

東京23区の住民が一日一人
100gのゴミを減らしますと、
1年間で約31万トンのゴミを
減らすことができるのだそうです。

100gといいますと
どれぐらいの重さかなというと、
だいたい卵が2個分の重さだということです。

でも、想像してみてください。

家でよく出るゴミは、例えば包装紙であったり、
発泡スチロールであったり、プラスチックであったり、
ラップであったり、ビニールであったり、
意外と軽いものが多いですよね。

それを100gと考えると
たぶん相当な数になると思うのです。

「それにはやっぱり個々のね、
 気配りというか、努力というか、
 ちょっとした気遣いで減らしていく
 ということがまず必要だということと、
 やっぱりね、便利な世の中になってる分
 ゴミってどうしても増えていって
 いるんじゃないかって思うんですよね。

 お魚だってお肉だって手を汚すことなくね、
 お家に持って帰って冷蔵庫に
 入れることができるわけですから。

 でも、一人ひとりできることからやっていく
 っていうのの積み重ねでしかないんだろうなぁ
 って思ったりします。」

<行き場をなくしたごみ ~こども環境白書~ (HTML版)>

<行き場をなくしたごみ ~こども環境白書~ (PDF版)>

[5/23] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「おととい、昨日は横浜港と神戸港のお話を
 させていただきましたけれども、
 最終日の今日は東京の港、
 東京港のお話をします。」

東京港が開港する以前、江戸時代に東京には
江戸湊(えどみなと)がありました。

江戸湊は江戸庶民に必要な食料などの流通拠点として
大切な役割を果たしていました。

幕末になって横浜港が国際貿易港として
開港しましたけれども、
東京港の開港というのは
なかなか実現しませんでした。

それで、明治時代になりまして
本格的に近代的な港としての工事が始まりました。

そして、横浜港開港から遅れること82年後、
昭和16年5月20日、ついに念願の開港が実現しました。

しかし、まもなく戦争に突入したために
東京港本来の機能は戦後になっても
ほとんど停止状態だったそうです。

やがて60年代後半から東京港は
国際貿易港として大きく飛躍することになりました。

その理由は、この頃から世界では大きなコンテナで
物資を輸送するということが主流になって、
コンテナが大きくなってその数が増えれば
それを運ぶ船も大きくなっていくということで、
そんな大きな船でもとまることのできる大きな埠頭を
東京港に最初につくったということなのだそうです。

その後東京港は時代とともに
どんどん発展していきます。

東京港は昭和16年5月20日に開港したと
先ほど申し上げましたけれども、
それを記念して毎年5月20日前後の週末に
晴海埠頭をメイン会場として
さまざまなイベントが行われているそうです。

これが「東京みなと祭」というお祭りです。

61回目に当たる今年は
明日の24日と25日に行われます。

今年は晴海会場と臨海副都心会場を中心に
東京港全域で盛大にこのお祭りが行われるそうです。

「私なんかもう、ちょっと興味ありますね。

 私、実はね、晴海埠頭に時々、
 暇にまかせてですけれども
 行くときがありまして、
 晴海埠頭から見た東京の景色ってね、
 好きなんですよ。

 なんだろう、『東京!』って感じがして
 好きなんですよ。
 なんかよくわかんないんですけど(笑)

 なので、この『東京みなと祭』、どんなね、
 内容もすごいさることながら興味ありますね。
 ちらっと見に行けたらいいなと思いますけれども。

 そんなわけで今週1週間、
 港のお話をさせていただきました。」

<東京港ホームページ~東京都港湾局~>

<平成20年度(第61回)東京みなと祭の概要>

[5/22] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「私の育った街、神戸にも神戸港という港があります。
 そこで今日は、私にとって懐かしの
 神戸港のお話をしたいと思います。」

神戸港は古くから中国大陸や
朝鮮半島の港と交流していました。
その後も国際貿易の拠点として発展していきました。

そして、1868年の開港後は
人、物、情報が行き交う拠点として、
さらに国際貿易港として、
常に最新の設備を整備して
世界を代表する港に発展しました。

そんな神戸港に悲劇が襲ったのは
1995年1月17日の阪神淡路大震災です。

この地震で神戸港は岸壁が沈んでしまったり、
倉庫が損壊したりして、
多くの被害に見舞われたそうです。

さらに神戸大橋、ハーバーハイウェイなど
港を結ぶ幹線道路なども大きな被害を受けました。

神戸港は日本のコンテナ貨物の
約3割を取り扱っているそうで、
神戸港の一時的な機能停止というのは
神戸の経済や生活だけでなくて、
日本全体の物流や経済にも深刻な影響を与えました。

それでも必死の修復作業によって
震災から2年後の97年3月、全面復旧しました。

また、一昨年には神戸空港が開港しました。
これによって神戸は海、空、陸の交通が確立されて
人や物、情報の交流拠点づくりを進めています。

そんな神戸港ですけれども、
去年開港140周年を迎えました。

それを記念して神戸港のウォーターフロントを中心に
さまざまな事業やイベントが行われたそうです。

実は神戸港の現在の構想を最初に描いていたのは
平清盛ではないかというふうに言われています。

清盛の晩年の悲願は、当時大輪田泊(おおわだのとまり)
と呼ばれていた港の大規模な改造でした。

大輪田泊は当時から瀬戸内海の
交通の拠点だったのですけれども、
平清盛はこの港を当時の中国・宋から
貿易船が入れるように港を大改造して、
大陸貿易の拠点にしようとしたのだそうです。

「その平清盛の壮大な計画というのは
 残念ながらね、彼が生きている間では
 途中で消えてしまいましたけれども、
 その構想というのは800年以上経った今
 生かされているということに
 なるんではないでしょうか。

 瀬戸内海の地形というのもね、
 大きな港をつくるのに適していたのでしょうね。

 そんなわけで、今日は神戸港のお話をしました。」

<神戸港~神戸市のHP~>

<神戸フェリーガイド>

[5/21] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「国内にある港の中でも歴史的に
 大きな役割を果たしている港がいくつもあります。
 その一つが横浜港です。
 今日は横浜港のお話をします。」

1853年、アメリカのペリーが
4隻の船を率いて横須賀の浦賀に来たときに、
日本との貿易のために港を開くように強く要求しました。

その6年後、1859年6月2日、
神奈川、長崎、函館に港が開かれて
外国との自由貿易が許可されました。

当時の横浜は港の施設がほとんどない
小さな漁村だったそうで、
開港すると現在の大さん橋の付け根の付近に
2か所の波止場が作られたのだそうです。

明治時代になりますと、
横浜港は何度も建設が繰り返されて
近代的な港に発展していきます。

そして、横浜港は日本で最初の国際貿易港として
日本の表玄関になりました。

横浜港の発展とともに横浜、川崎の海岸沿いは
工業地帯としてどんどん発展していきましたけれども、
関東大震災で横浜港の施設というのは
ほとんど壊れてしまったそうです。

それでも懸命な復興によって昭和のはじめ頃には
ほとんど元の姿に戻ったのだそうです。

でも、それもほんの束の間で、
続いての第二次世界大戦によって
またまた横浜港というのは
大きな被害を受けてしまいました。

終戦後もしばらくはアメリカなど
連合軍によって横浜港は支配されて、
軍としての役割だけを果たしていました。

その後しばらくしてから
横浜港は国が管理するようになって、
終戦から6年後、1951年に港湾法ができて
港の管理は国ではなくてそれぞれの地方に移されて、
横浜港の場合は横浜市が管理することになりました。

それ以降横浜港は横浜のシンボルの一つとして
横浜市民のみなさまに親しまれています。

毎年6月1日、2日というのは
横浜開港祭が開かれているそうです。

また開港記念日の6月2日は
横浜市立の小学校ですとか中学校、
高校というのはお休みなのだそうです。

「来年の2009年なんですけれども、
 横浜は開港150周年を迎えるそうです。

 それに向けて横浜ではさまざなイベントなどの
 準備が進められているということで、
 来年のね、横浜港、そして横浜の街は
 さらに盛り上がるんじゃないでしょうか。
 最大のお祭りがあるということで楽しみですね。」

<横浜港ホームページ>

<横浜港大さん橋国際客船ターミナル>

<横浜ライブカメラ>

[5/20] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「昨日は、日本には人や貨物を運ぶ商船が利用する
 大きな港は全国に約1100あるというようなお話を
 させていただきましたけれども、
 今日はそんな港の種類のお話をしたいと思います。」

港と聞くと海に面しているところというふうに
イメージをしがちですけれども、
実は海に面しているところだけではありません。

種類ですけれども、まずは海港。
海の港と書いて海港、それは多数あります。
みなさんが想像されるような港です。

続いては、河口港。

これは河口に位置している港湾のことで、
例えば日本で言うと、
山形県の最上川の河口にある酒田港、
富山港、これは神通川の河口にある富山港、
あとは鹿児島県の川内港といって
川内川という川の河口にある港も
河口港という定義なのだそうです。

そして続いては、河川港。

川に、河川に面した港湾のことを
河川港と言うそうです。

世界最大の河川港で有名なのは、
中国の長江という川に面した上海港が
河川港なのだそうです。

なるほど、川にも港があるんだと思ったら、
次は湖の港と書いて湖港。
湖に面した港湾という種類もあります。

これはどういうところかと言いますと、
例えば、霞ヶ浦の西側にあります土浦港、
琵琶湖の南側のほうにある大津港、
そして琵琶湖の東側のほうにある長浜港
などがあります。

「これは湖にある港ということで、なんか意外にも
 『そうか、港って海だけじゃないんだ』
 って改めてね、感じたというか。

 よく港と聞きますとね、
 例えば夜景のきれいな港とかっていうのが
 思い出されるんじゃないかと思うんですけれども。

 日本で三大夜景で美しいと言われているのが、
 函館、神戸、長崎。
 これもいずれも港町ということで、
 私はこの中で函館と神戸の夜景を
 見たことがあるんですけれども。

 やっぱり港のある街っていうのは
 異文化に触れることができる空間が
 あるんじゃないかなって。

 洋館があったりね、
 なんかエキゾチックでおしゃれで
 ワクワクするような雰囲気がある、
 なんかそんな素敵な雰囲気のあるのが
 港町なのかなっていう。

 デートするなら横浜とか神戸に行ってみたいな
 っていう気にさせられる、
 そんな素敵な空間じゃないかなっていうふうに
 感じたりもしますけれども。

 明日はそんな横浜港のお話をしたいと思います。」

<港湾(ウィキペディア)>

[5/19] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「四方を海に囲まれた日本には
 多くの港がありますよね。
 港は古くから私たちの生活に
 大切な役割を果たしてくれています。
 そこで今週は、港のお話をしたいと思います。」

まず、日本にはどれくらいの数の
港があると思われますか?

人や貨物を運ぶ商船が利用する大きな港というのは、
全国に約1100もあるのだそうです。

日本はエネルギーの9割、
食料の6割を海外から輸入しています。

他にも工業に使う材料など
さまざまなものを輸入しています。

その量は年間約11億トン。
国民一人当たり約9トンにもなります。

その99%というのは
船によって日本に運び込まれています。

港というのは私たちの生活には欠かすことのできない
大切な場所ということになります。

港に着いた船はそこで貨物の積み下ろしをします。
船や貨物の種類によって港の様子や設備も違ってきます。

コンテナ船が着く岸壁にはクレーンが備えられていて、
コンテナの積み下ろしを行います。

原油とか石油精製品、あとLPG(液化石油ガス)などの
液体を運んできたタンカーに関しては、
製油所や発電所の岸壁に備えられたパイプラインによって
陸上のタンクに貨物を荷揚げするのだそうです。

客船やフェリーが着くターミナルには
乗客のための待合所とか駐車場などの機能が
備えられています。

日本各地には大小さまざまな島というのが
約7000もあるのだそうです。

それにも驚きましたけれども、
そのうちの約400の島では
人々が暮らしているそうです。

こうした島では船が通勤や通学、
買い物などの足として活躍しています。

また、新聞とか雑誌、食材など
離島で暮らす人たちの生活を支える物資の輸送にも
船は唯一の交通手段として活躍しています。

離島と本島(本土)、離島と離島などを結ぶ
航路というのは全国で300以上もあって、
年間約6300万人の人が利用しているそうです。

「一番最初にもお話ししましたけれども、
 四方を海に囲まれた日本という国ですから
 そういうことになるんですよね。

 私が育った街には神戸港という港がありました。
 よく行く機会があって、今回改めて
 『あぁ、神戸港のこと思い出したなぁ』
 なんていう瞬間があるんですけれども。

 今週は1週間、港についてみなさんと一緒に
 考えていけたらなと思っています。」

<港湾(ウィキペディア)>