[8/31] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は海の生き物のお話をしています。
 今朝はイルカです。」

見た目にもとっても愛らしい
イルカさんたちですけれども、
典型的なイルカの仲間というのは
マイルカというものの部類に
入るということなので、
今日はそんなマイルカの仲間たちを例に
お話しさせていただこうかなと思います。

「イルカには声帯がないんですね。
 でも、鳴き声って聞いたことありますよね。」

あれは鳴き声ではなくて、
鼻の奥にある鼻腔というところを
振動させて音波を出して、
それでコミュニケーションをとっている
と言われているそうです。

イルカの額の部分に脂肪でできた
空洞の層があります。

これはメロンと呼ばれる器官なのですけれども、
このメロンという場所にさきほどの
鼻の奥のほうから発せられた音波を集めて
ピョーンと発射すると、音を発信すると、
それが私たちが鳴き声として聞いているものです。

イルカは濁った水の中でも
岩とかにぶつからずに泳げたり、
餌のお魚を追いかけて捕まえたりすることが
ちゃんとできます。

それは自分が発した音がそれらのものに当たって
反射して返ってくるのを聞き分けることで
周囲の状況がわかるというふうに言われています。

「反射音を利用しているということなんですよね。

 この能力をエコーロケーションっていうふうに、
 エコーってよく山で「ヤッホー」で
 やまびこみたいな、あのエコーありますよね。

 カラオケとかのエコー、あのエコーです。
 エコーロケーション。」

このエコーロケーションを仲間との交信、
それを使って仲間との交信もしているみたいで、
この発信する音のパターンの違いで
仲間の識別をしているのだそうです。

「頭がいいって言われていますよね、イルカってね。
 だからそのイルカにとって
 エコーロケーションっていうのは
 生活する上でとっても大切なものなんですね。」

そんなイルカのエコーロケーションの能力というのは、
人間では見えないような、例えば傷ついた心とか
そういった内面的な部分も察知できるそうです。

もちろん、イルカ同士の仲間というのももちろんですし、
違う種類の生き物でも「弱っているな」というふうに
イルカがもし感じたらそれを助けてあげようと
してくれるのだそうです。

そういった能力を医療の分野で
生かせないかということで、
イルカセラピーというのが1970年代から
アメリカで研究されていて、
日本でも注目されているということです。

「とても興味深いなぁって
 いつも思っているんですけれども。

 きっとなんかやさしいオーラを
 放っているんだろうなぁっていうイメージですね。

 今日はイルカのお話でした。」

<【イルカの気持ち】>

[8/30] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「すべての生物の源である海ですけれども、
 海にはお魚以外の生き物もいますね。
 そこで今週は、お魚の仲間以外の
 海の生き物たちのお話をしたいと思います。」

お魚以外の海の生き物、
例えばイルカとかクジラ。

どちらも実はクジラ目と呼ばれる仲間で、
大まかに分けますと
体長が4m前後以上のものをクジラ、
それ以下の体長のものをイルカ
というふうに呼んでいるそうです。

「だからクジラとイルカって一緒(笑)。
 一緒だったんです。」

クジラ目の動物は大きく分けますと、
ヒゲクジラ亜目というのと
ハクジラ亜目というものの
2つに分けられるそうです。

亜目というのは生物を分類する際の
階級の一つなのですけれども、
ヒゲクジラ亜目というのは
お口の中に歯がないそうです。

その代わりに薄い板状のヒゲが
上あごから生えていまして、
そのヒゲの役割なのですけれども、
餌を捕らえる役をしています。

「だから、つまり海水とともに一気に
 ガーって飲み込みますよね、餌を。
 で、その餌をですね、
 ヒゲでこして海水だけを吐き出して
 お口の中に残った小魚などの餌を
 食べているということなんです。」

体は大型化していまして、
シロナガスクジラとかザトウクジラとか
ミンククジラとか、
このヒゲクジラ亜目のクジラさんたちは
世界で11種いるということです。

それに対してハクジラ亜目というのは
口の中に歯がありまして、
お魚とかイカとかそういったものを
餌にしています。

どういったものかと言いますと、
バンドウイルカ、マイルカ、ゴンドウクジラ、
ベルーガ、マッコウクジラとか、
世界に67種ハクジラ亜目の中に属する
クジラさんはいます。

「このね、ベルーガ、白イルカって言われていて、
 八景島だったかなぁ、どこだったかな、
 空気の輪っかをポイってこう出してくれるイルカ、
 白いイルカいますよね。
 あれベルーガって言うんですって。

 体長が5m前後で体重は
 1500kgにもなるんですね。

 だからクジラのルールでいきますと
 イルカとは呼ばない、
 クジラって呼んでもいいような
 サイズなんですよね。

 でも、なぜか日本では白イルカとか
 ベルーガって呼ばれていて、
 英語になりますと
 ホワイトホエール(white whale)って言って
 白いクジラっていうふうに
 言われているんですね。

 愛らしいパッと見イルカに見える
 白イルカちゃんですけれども、
 あれはクジラだったんですね。」

<クジラとイルカは、どこが違うの?>

<イルカ(ウィキペディア)>

<クジラ(ウィキペディア)>

[8/27] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は日本のタワーのお話をしています。
 今朝は福岡タワーです。」

福岡タワーは福岡県福岡市早良区の
シーサイドももちにある電波塔です。

まさに福岡市のシンボルで、高さが234m。

海浜タワーとしては
日本一の高さを誇るのだそうです。

「タワーの形なんですけれども、
 正三角形なんですよ。」

タワーのまわりは8000枚もの
ハーフミラーというもので覆われていまして、
このハーフミラーというのはマジックミラーです。

外側から見ると鏡に見えるのに
内側からは外の様子が見えるという、
そういうタイプのミラーです。

福岡タワーがオープンしたのは1989年。

福岡市の誕生100周年を記念して開催された
よかトピア、アジア太平洋博覧会、
それのモニュメントとして建てられたそうです。

地上123mの場所にあります展望室からは
福岡の街並みが360度の大パノラマで
楽しむことができるということです。

「また、その福岡タワーには
 恋人同士が愛を誓い合ってね、
 プロポーズするのにふさわしい
 恋人の聖地という、
 全国各地にいろんなところに
 それがあるんですけれども、
 そこに認定されているんです、
 福岡タワーは。」

地上116mの展望室には
恋人の聖地の認定を記念した
福岡タワーオリジナルオブジェ
というのがありまして、
このオブジェのまわりには
「誓いのフェンス」があって、
そこに福岡タワーオリジナルの
「愛鍵」という名前のハートロック、
鍵をつけることができるのです。

「ロック、カチッて。」

願いを込めてこの愛鍵をそのフェンスにつけると
その二人は永遠に結ばれるという、
愛の鍵伝説というのがあるそうです。

「もう、こういうのいいですね。
 大好き(笑)。」

鍵にはお二人のお名前ですとか日付、
あとメッセージを書くことができるそうで、
世界に一つだけの、二人だけの
誓いの鍵になるということです。

この鍵なのですけれども、
一度かけると永遠に外すことができない。

なぜならその鍵を開けるための
鍵がないからなのだそうです。

「もうかけちゃったら最後、
 もう誓いの鍵なんですよ。
 素敵ですね。

 ぜひカップルの方でね、こちらの福岡のほうに
 いらっしゃる機会がありましたら、
 ぜひぜひこの福岡タワーの愛鍵かけて帰って
 いらっしゃったらいかがでしょうか。
 誓ってきてください。

 今日は福岡タワーのお話を
 させていただきました。」

<福岡タワー>


~ 管理人より ~

「愛鍵」は1個1000円だそうです。 (*^_^*)

[8/26] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は日本のタワーのお話をしています。
 今朝は大阪、通天閣です。」

通天閣は大阪市浪速区の歓楽街、
新世界にあります。

高さは103mで、地上から87.5mの
5階の部分に展望台があって、
大阪の街を一望できます。

現在の通天閣というのは2代目です。

初代の通天閣は1912年、
明治45年に建てられました。

パリのエッフェル塔がモデルになっていて、
夜にはイルミネーションが点灯されて、
タワーの台座の部分はパリの
凱旋門をモデルにしたそうです。

初代通天閣の高さというのは75m。

その当時では東洋一だったそうです。

また、世界で初めての
円形のエレベーターを導入するなど、
当時の最先端技術を駆使した塔だったそうです。

現在のあの通天閣を設計なさった方は
建築学者の内藤多仲さんという方で、
この内藤さんは通天閣の他にも
名古屋のテレビ塔、東京タワーの
生みの親でもいらっしゃるということです。

通天閣の名物の一つが5階の
展望台にあります幸運の神様ビリケン像。

このビリケンですけれども、1908年、
アメリカの女性の美術家の方が
夢に出てきたユニークな神様をモデルにして
お作りになったと言われているそうです。

「なんか話によると、ビリケンさまの
 足の裏をなでると幸運が訪れるとかいう
 言い伝えがあるそうですね。」

その通天閣の一番上のネオンの色で、

「これ知らなかったんですけど」

翌日の天気がわかるようになっているそうです。

これは通天閣と気象台が
専用の回路で結ばれていまして、
ネオンの色が例えば白のときは晴れ、
オレンジ色は曇り、
青色のときは雨なのだそうです。

例えばこのネオンなのですけれども、
上下2つに分かれていて、
例えば上が白で下がオレンジに光っていたら
晴れ時々曇りとか、晴れのち曇りというような
細かい予報もしてくれているそうです。

「たぶんご近所の方は、
 『あっ、今日ネオンの色が青だから
  これから雨だな。』
 とかって思ってらっしゃるんでしょうね。

 私、今現在はね、大阪に実家ありますけど
 通天閣って行ったことなくて、
 行ってみたいんですよ。

 お天気予報までしてくれてたなんて
 ちょっと興味深いですよね。

 今日はそんな大阪のですね、
 通天閣のお話をしました。」

<通天閣オフィシャルサイト>

[8/25] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は日本のタワーのお話をしています。
 今朝は神戸ポートタワーです。」

神戸ポートタワーは
神戸市中央区波止場町にあります。

1963年の秋にオープンしました。

高さは108mあります。

もともとは神戸港にフェリーの
待合室の建設が決まったときに、
せっかくだったら待合室の屋上に
展望台をつくって港とか神戸の街を
見渡せるようにしたらどうだろうか、
というのが誕生のきっかけだったそうです。

でも、最終的にはその待合室の建物の
屋上に建てるのではなくて、
独立したタワーを建てたらどうだろうか、
それも神戸のシンボルになる
ユニークなタワーをということで、
神戸ポートタワーの建設が
決まったということです。

そして、考え出されたのが
日本に古くからある楽器、鼓。

これをイメージしたデザイン。

「スパゲッティをね、束ねてお鍋に入れるときに
 ちょっとひねりますよね、キュッと。
 あんなようなイメージです(笑)、
 神戸ポートタワーって。」

その形の美しさから
「鉄塔の美女」とも呼ばれています。

「そうだったんですか」

神戸ポートタワーは日本で初めて
ライトアップされた建物としても
知られているということです。

「そっか、初めてライトアップされたんですね。」

そんな神戸ポートタワーですけれども、
去年の年末から今年の春にかけて
改修工事が行われました。

今回の工事では17年ぶりに
鉄塔全体が塗り直されて、
そしておよそ7000個のLED、
発光ダイオードが取り付けられたということです。

さらに展望台の一部をガラス張りにして
地上が見下ろせるようにもなったということです。

「この神戸ポートタワーって赤色ベースに
 カラフルなイルミネーションがとってもきれいで、
 私が子供の頃に見ていたあの印象とは
 ぜんぜん違うものに生まれ変わっていて
 とってもきれいでびっくりしました。

 なんか、横浜のね、マリンタワーが
 一時営業停止したときに横浜の方々がね、
 とても悲しんだっていうふうに聞きましたけれども、
 私ももしもこの神戸ポートタワーに何かあったら
 相当ショックだろうなぁって思います。

 今も変わらずね、
 何年経っても神戸港にたたずんでて、
 年月重ねるごとに美しく
 変身していくっていうのは
 ほんと素敵だなって思いました。

 なんかまた機会があったら
 上ってみたいなぁと思います。」

<神戸ポートタワー | Kobe PortTower>

[8/24] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は日本のタワーのお話をしています。
 今朝は横浜マリンタワーです。」

横浜マリンタワーは横浜市中区山下町にあります。

すぐ目の前には山下公園や横浜港があって、
また近くには中華街ですとか元町があります。

横浜マリンタワーは1958年、
横浜開港100周年記念事業の一環として
港横浜のシンボルとして建設が始まりました。

そしてその3年後、
1961年に開業したそうです。

全長106m、そして展望台のあるところの
高さというのは91mだそうです。

以前はこちらのタワーは
灯台としての機能も持っていたそうで、
ギネスブックに世界一高い灯台として
登録されていたそうです。

「でもなんかね、寂しいことに
 だんだん訪れる方々が減ってしまって、
 2006年に営業が一回終了して
 しまったんだそうですね。

 このとき横浜のみなさんって
 ほんとにショックだったんだそうです。
 いやー、ショックですよね。」

でもその後、マリンタワーは横浜市に譲り渡されて、
2009年の横浜開港150周年の記念事業として
リニューアルされることになりました。

そして去年の5月、生まれ変わったマリンタワーが
横浜のみなさんにお披露目されました。

以前の横浜のマリンタワーの色というのは
赤と白のトーンだったそうです。

「でも、新しく生まれ変わったマリンタワーって
 なんだか近代的にね、とっても宇宙っぽい
 シルバーなんですよ。
 かっこよくなってます。」

マリンタワー、現在2階部分に
マリンタワーのオリジナルグッズなどが
販売されているショップがあって、
3階部分には結婚式とかパーティーとかが
行われるホールがあるそうです。

「素敵ですね。
 マリンタワーで結婚式が挙げられるって、
 なんかいいですね。
 思い出になりますね。」

4階部分にはレストランがあるそうです。

そして29階と30階、
これが展望フロアで横浜の街を一望できて、
横浜港やベイブリッジなどの夜景も
楽しめるということです。

「でも、ほんとにマリンタワーって、
 横浜私詳しくないですけれども、
 もう当たり前のように
 存在しているものだと思っていて、
 まさか2006年に一度営業停止していた
 っていうことは知りませんでした。

 でもほんとによかったですね、
 美しく生まれ変わってね。

 またこのまんま横浜のシンボルで
 い続けてくれたらいいなぁって、
 輝き続けてくれてたらいいなぁって
 思いました。」

<YOKOHAMA MARINE TOWER | 横浜マリンタワー>

[8/23] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「以前この番組で東京タワーのお話を
 させていただいたことがありましたけれども、
 日本には他にもタワーと言われているものが
 いくつもあります、
 そこで今週は、日本のタワーのお話を
 したいと思います。」

まず今朝は、東京スカイツリーのお話です。

東京都墨田区押上に来年の2011年12月の
完成を目指しまして建設が進んでいます。

今年3月、東京タワーの333mを
超えて338mとなって、
日本一の高さになったそうです。

スカイツリーは最終的には634mまで
この後伸びていくという予定だそうです。

完成しますと自立式電波塔としては
世界一の高さになるということです。

どうして634という数字なのでしょうか。

現在の東京というのはその昔
武蔵の国と呼ばれていたそうで、
その武蔵の語呂合わせで
634というふうにしたのだそうです。

タワーから武蔵の国を眺められるということから、
より親しみを感じてほしいという思いもあって
634mに決まったそうです。

東京スカイツリーの外観ですけれども、
空に向かって伸びる大きな木をイメージしています。

高さはもちろん、見た目の美しさや
親しみやすさでも世界一になりたいという、
そういう思いが込められているのだそうです。

東京タワーが4本の脚で
支えられているタワーなのに対して、
東京スカイツリーというのは脚が3本です。

東京スカイツリーの建設にあたりまして、
日本独自の建築技術の代表ともいえる五重塔、
これがヒントになっているそうです。

五重塔の構造というのは、
地震とか強風による揺れを低減する
役割というのがあるのだそうです。

その建築技術をさらに最新の技術で再現しつつ、
この東京スカイツリーの構造システムに取り入れて
強度を保っているということだそうです。

「なんでもね、完成しますと
 地上350mと450mのところに
 展望台ができるんですって。

 で、下のね、350mのほうには
 レストランとかもできて、
 東京っていうか、まぁ、関東ですよね、
 関東一円を眺めながら
 お食事なんかができるという、
 なんかちょっと楽しみですよね。

 450mのほうにはガラスで覆った
 空中回廊ができるんですって。

 これ度胸試しですよね(笑)。
 私は無理だなー。
 行けないだろうなぁって思いますけれども。

 そんな今日は東京スカイツリーのお話を
 させていただきました。」

<TOKYO SKY TREE>

[8/20] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週はご飯とかおかずを引き立ててくれる
 名脇役の食べ物のお話をしています。
 今朝は梅干しです。」

私たちの食卓におなじみの梅干し。

中国から伝わってきたと言われています。

中国では3000年以上前から
青梅を薫製させて熱冷ましですとか
咳止め、あと酔い止めなどの
お薬として使っていたそうです。

それが日本にも伝わってきた
というふうにされています。

梅の実をつける梅の木が中国から
日本に伝わってきたのが弥生時代の頃。

その梅の木が日本に根付いて、
現在のように塩漬けにした青梅を
太陽の光で乾燥させて発酵させる
梅干しというのがつくられるようになったのが
奈良時代のことです。

「もうずいぶん古くから梅干しあるんですね」

当時はまだ梅干しというのは
庶民とは縁遠い食べ物だったそうで、
一般的に食べられるようになったのは
江戸時代になってからということです。

当時は大晦日とか節分に梅干しに
お茶を注いで飲む習慣があったそうです。

「うちでもあれなんですよ、
 お正月のときにいただくんですけれども。

 小さな梅干しを少し焼いて
 そこに福茶というお茶を注いで、
 必ず『あけましておめでとうございます』のときに
 一番にいただくお茶がそれですね。」

そんな梅の種を開けてみますと
中に硬い皮に包まれた実があります。

「この実は『天神様』って
 言われているんですってね。」

これは菅原道真公が梅を好んでいたことから
つけられたということです。

そんな天神様がいらっしゃる梅の種を
粗末に扱ってはいけないということで、
江戸時代に太宰府天満宮に
この「梅干の種納め所」というのが
設けられました。

これは今でも太宰府の天満宮に
残っているということです。

「私ちっちゃいときこの梅の種の中の
 このなんかちっちゃい実、
 天神様と言われているその実を
 いただくのがすごい大好きでした。

 天神様って呼ばれていたんですね。
 食べていたのを覚えています。

 今週はご飯にね、おいしいとっても大切な存在、
 名脇役の食べ物たちをご紹介いたしました。

 福神漬け、らっきょう、
 そしてしば漬け、松前漬け、
 三陸海宝漬もでしたね。
 で、梅干しなどなど
 ご紹介させていただきました。」

<梅干し(ウィキペディア)>

<梅干しの作り方>

[8/19] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週はご飯とかおかずを引き立ててくれる
 名脇役の食べ物のお話をしています。
 今朝は松前漬けです。」

松前漬けの松前というのは地名のことで、
北海道の南側、松前地方に
古くから伝わる食べ物です。

その昔、このあたりが松前藩と呼ばれていた頃、
保存食としていただいていたのが
松前漬けのルーツだと言われているそうです。

松前漬けは「海の三宝」と言われる
スルメイカ、数の子、お昆布、
これをお塩で漬け込んだものです。

かつて松前藩をはじめ
北海道ではたくさんの数の子が、
それも余るほどとれていたのだそうです。

そこで当時松前地方のご家庭では、
キュウリですとかおナスのお漬物をつくるように
数の子をたっぷり使った松前漬けを
つくっていたそうです。

後に数の子がとれる数が減ってきて
希少品になったので、
スルメとお昆布をメインに漬けたものというのが
主流になってきたのだそうです。

それぞれご家庭でつくっていたので
商品化されたのはずっと後のこと、
1937年、昭和12年になってからです。

もともとは塩漬けしていた松前漬けを
商品化するために改良して
お醤油漬けの松前漬けをつくって、
そしたらそれがもう大人気になって、
今ではもう全国的に松前漬けの名前が
知られるようになりました。

「そのときに発売されたその名もですね、
 『元祖松前漬け』。
 お醤油漬けの松前漬けです。」

そんな松前漬けとよく似たものに
三陸海宝漬というのがあります。

岩手県の三陸地方でとれる特産のアワビ、
イクラ、メカブ、そしてシシャモの卵、
これを秘伝のたれで漬け込んだものです。

「アワビでしょ、イクラも入っているっていう、
 まさにその海のお宝のイメージ、
 贅沢なイメージの一品です。

 アワビは柔らかく煮てあって食べやすいですね。

 で、このシシャモの卵、
 これはいただいたときに
 お口の中でピチピチっとはじけて、
 イクラのプチっとともにとてもおいしいです。

 うちの主人がですね、
 松前漬けもこの三陸海宝漬も大好物でですね、
 とにかくこれを見るととても幸せそうな顔をしてね、
 ニコニコしながら食べているので
 もうその印象がすごく強いんですけれども、
 とてもおいしいですね。

 今日はそんな松前漬けのお話を
 させていただきました。」

<松前漬け(ウィキペディア)>

<松前漬け レシピ~レシピ大百科~>

[8/18] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週はご飯とかおかずを引き立ててくれる
 名脇役の食べ物のお話をしています。
 今朝はしば漬けのお話です。」

しば漬けは京都・大原が発祥のお漬物で、
大原で言うしば漬けというのは生しば漬けのことで、
おナスと赤しそをお塩のみで漬け込んで
自然の気温で乳酸発酵させた昔ながらの
シンプルなお漬物なのだそうです。

あの鮮やかな赤紫色というのはしそから出る色です。

しば漬けの誕生は平安時代までさかのぼります。

平清盛の娘に平徳子という人がいて、
その方に関係しています。

平徳子、正式には建礼門院・平徳子
という方なのですけれども、
壇の浦の戦いで平家が滅亡したときに
平徳子は出家して京都の大原にやってきます。

この平徳子が半生を過ごした
京都の大原なのですけれども、
かつてはとても雪深くて閉ざされていたところで、
冬になるともう雪がとにかくたくさん降って
寒さが厳しいということです。

そこで、その大原の里の人たちは、
夏野菜をしそと一緒に漬け込んで
冬の保存食として蓄えていたのだそうです。

その大原の里の人たちはひっそりと暮らす
その平徳子を慰めようと、
この昔ながらのお野菜の塩漬けを
差し出したところたいへん喜ばれたということです。

そこで、その平徳子はその鮮やかな赤紫色から
そのお野菜の塩漬けのことを、
「紫色の葉っぱのお漬物」と書いて、
「紫葉漬」と書いて「しばづけ」というふうに
名づけたと言われています。

「今日は京都の大原のしば漬けの
 お話をさせていただきましたけれども、
 私たち多くの方々がね、召し上がっている
 しば漬けっていうものの印象は
 その京都の大原のしば漬けとは
 ちょっと違うものなんですって。

 一般的なしば漬けっていうのは
 そのキュウリの食感がね、
 コリコリってしているのに対して、
 今日ご紹介した京都・大原の発祥の
 生しば漬けというのは、
 おナスとしそだけを乳酸発酵させているので
 あまり歯ごたえがなくてね、
 おナスですからね、柔らかいんでしょうね、
 で、酸っぱいのが特徴だということで。

 細かく切ってお水でちょっと洗って
 お醤油なんかプッとたらしていただくと
 最高においしい、通のお漬物みたいな、
 そんなような印象だそうです。

 ということで今日は、
 しば漬けのお話をさせていただきました。」

<柴漬(ウィキペディア)>