[9/30] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は動物園で見かける
 動物たちのお話をしています。
 今朝はラクダです。」

ラクダには背中のこぶが1つの
ヒトコブラクダというものと、
こぶが2つあるフタコブラクダがいます。

どちらも体長は2m前後、
そして体重は400kgから600kgで、
中には700kgを超えるのもいるということです。

こぶの数以外にもヒトコブラクダと
フタコブラクダでは違いがありまして、
フタコブラクダはヒトコブラクダよりも
足が短めでずんぐりとした印象です。

フタコブラクダのほうが毛深いです。

「もうふっさふさしてます。
 写真で見る限り『毛深いのね』
 っていう感じです。」

これは生息している地域が
夏は40℃近くまで気温が上がる反面、
冬はマイナス30℃近くまで
下がる場所に生息しています。

なので、冬は寒さから身を守るために
太くて長い毛で覆われて、
季節が変わって気温が上がりますと
その毛が全部抜け落ちるということに
なっております。

そして、ラクダといえば
あのこぶが特徴ですけれども、
こぶの中は水ではなくて脂肪が入っています。

その脂肪の量というのは1つのこぶで
だいたい30kgとか40kgとか。

「すごいたくさん入ってますね」

ラクダは草食動物なのですけれども、
餌となる植物がないときは
こぶの中の脂肪を水とかエネルギーに分解して
吸収したりするみたいです。

あと、そのこぶの中の脂肪というのは
断熱材としての役割もあるみたいで、
背中からの日射による熱を防ぐ
役割もしているということです。

ラクダなのですけれども、
食料とか水がなくても10日間ぐらい
移動することができます。

いっぺんにだいたい50リットルとか
60リットルの水を補給するらしいです。

「一気に飲んだり」

100リットル以上の水を飲む
ラクダもいるらしいのですけれども、
「その水分どこに蓄えてるの?」と言いますと、
血液の中に蓄えることができるそうです。

なので、ラクダは長期にわたって水を飲まずに
行動することができるということです。

彼らはゆっくり歩いている印象なのですけれども、
いざっていうときは、

「いつだろう、いざって(笑)」

いざっていうときは時速50kmもの速さで
走ることができるということです。

ヒトコブラクダは150kgの荷物を、
そしてフタコブラクダは
250kgもの荷物をのせて
1日20kmから30kmも歩くことができます。

「ほんと頭が下がります。

 今日はそんなラクダのお話を
 させていただきました。」

<ラクダ(ウィキペディア)>

<ラクダ>

[9/29] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は動物園で見かける
 動物たちのお話をしています。
 今朝はカバのお話をします。」

カバは英語で「hippopotamus」
(ヒポポタマス)と言います。

これはギリシャ語で
「馬」を表す「ヒポ」という言葉と、
「川」を表す「ポタマス」の2つの言葉が
合わさった言葉なのだそうです。

カバさんは川とか沼とか湖とか
水がある場所に群れで生活しています。

カバは日中ほとんど水中で生活をしていまして、
交尾ですとか出産、授乳も水中で行います。

目と鼻と耳はワニとかのように
顔の上に一直線に並んでいて、
そこだけ水面に出すことができます。

皮下脂肪が厚くて体の構造上
水に浮きやすくなっているそうです。

5分以上水に潜ることもできます。

でも、水中でほとんど
泳ぐということはないらしくて、
水の底を歩いて移動しているそうです。

カバさんは水中で生活をしているのですけれども、
主食はお魚とかではなくて主に草、
基本的には草食動物と言われています。

日中は水中にいることで
ライオンなどの天敵から逃れて、
夕方から夜にかけて陸に上がって
草を食べに遠くまで出かけるそうです。

明るくなると急いでまた
水に戻るということです。

カバさんはのんびりしているような
イメージですけれども、
時速40km以上もの速さで
走ることができるそうです。

あの大きな口と牙というのは、
餌を食べるというよりは
相手を威嚇するのに役立つということです。

カバは温和なイメージがあるのですけれども、
意外と獰猛な一面をもつらしいです。

それぞれが縄張りをもっていて、
そこに侵入しますとものすごい勢いで
攻撃をするのだそうです。

「カバの俗説にですね、
 赤い汗をかくというのを
 聞いたことあるかもしれませんけれども、
 実際にはカバには汗を出す汗腺がないので
 赤い汗というのではないんですね。

 汗ではなくて、じゃ、あれは何かと言いますと、
 赤色の粘液を皮膚の表面から出しまして
 直射日光とか紫外線から皮膚を
 保護しているものなんですね。

 カバ、カバの寿命ですけれども、
 だいたい45年から50年ぐらい
 ということなので、元気にね、
 長生きしてほしいですね。

 今日はカバのお話をさせていただきました。」

<カバ~ナショナルジオグラフィック~>

<カバ(ウィキペディア)>

[9/28] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は動物園で見かける
 動物たちのお話をしています。
 昨日はサイについてお話しさせて
 いただきましたけれども、
 今日もその続きをします。」

今朝はアジアにいるサイ。

まずは、インドサイからお話しします。

昨日ご紹介しましたシロサイと
クロサイと比べて一番の違いは、
シロサイ、クロサイは2本の角が
あるのですけれども、
インドサイは1本なのです。

「なるほど」

角というのは骨ではなくて、
人間でいうところの髪の毛とか爪のような
皮膚が変化したものです。

その名のとおりインド北部や
ネパールに生息しています。

体長は4m前後、体重は2000kg前後。

「大きいですね」

嗅覚に優れているらしくて、
敵がいるとわかると時速50kmもの速さで
これまた突進していきます。

視力が弱いらしいのですけれども、
その分鼻と耳が優れていまして、
敵が近づいたのを感じると
逃げるのではなくて追いかけるそうです。

「ねぇ、たくましいですよね、サイ。」

続いてスマトラサイ、ご紹介します。

インドネシア西部のスマトラ島にいるサイです。
主に森林で生活しています。

体長は3m前後、
体重は800kgから1000kg。

「ちょっと小柄ですね、サイの中でもね。」

お尻の部分が黒い短い毛で
覆われているのが特徴だということです。

そしてそして、アジアにいるサイ、
最後はジャワサイ。

これもインドネシア、ジャワ島にいるサイです。

体長は3mから4m、
体重は1500kgから2000kg。

「現在世界にいる5種類のサイの中でも
 一番数が少なくて、
 数十頭しかいないんですって、
 このジャワサイっていうのが。」

サイというのは絶滅の恐れが高い動物として
現在保護活動が進められている動物だそうです。

どうしてサイが絶滅の危機に
瀕しているかと言いますと、
角を粉にするとお薬になります。

「なんかサイの角の漢方薬のお話を
 私も聞いたことがあるんですけれども、
 そういった言い伝えが広まったことが
 原因なんじゃないかと。」

あとは漢方薬以外にも工芸用だったりとか、
あるいは短い剣、短剣としても
そのサイの角が重宝されたために
たくさんのサイの命が奪われてしまった
ということです。

「どんな生物もそうですけれども、
 人の都合でね、こうやって数が
 減少してしまうっていうのは
 ほんとよくないことで、
 絶滅しなきゃいいなって思います。」

<インドサイ - ナショナルジオグラフィック>

<スマトラサイ - ナショナルジオグラフィック>

<ジャワサイ(ウィキペディア)>

[9/27] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「子供から大人まで人気のスポットの一つに
 動物園がありますね。
 今週はそんな動物園にいる
 動物のお話をしたいと思います。」

今朝はサイのお話をします。

サイはその大きな体や
頭の中央にある角などから、
現在いる哺乳類では恐竜に
一番似ていると言われています。

サイの仲間ですけれども、
アジアに生息するインドサイ、
スマトラサイ、ジャワサイと
アフリカに生息するシロサイ、
クロサイの合わせて5種類います。

ここではアフリカ生まれの
シロサイとクロサイについて
お話をさせていただこうかなと思います。

シロサイとクロサイ、
名前は白と黒で区別されていますけれども、
実際はどちらの体の色も
同じグレー色をしています。

白でもなく黒でもないです。

では、どの辺が違うのか
ということなのですけれども、
シロサイとクロサイの違いについて、
まずは体の大きさが違います。

シロサイのほうがクロサイよりも大きいです。

シロサイは体長が3mから
大きいものでは5mにもなるということです。

「大きい」

体重も2000kgから3500kg。

「大きい」

サイの仲間でも最も大きくて、
地上で生活する動物の中では
象に次ぐ大きさなのだそうです。

「サイってそんなに大きかったでしたっけね。
 大きいですね。」

それに対してクロサイですけれども、
体長はそれでも3m前後あります。

体重も1000kgから1800kg。

「シロサイのほうが大きいですね」

シロサイとクロサイですけれども、
唇の形が違います。

シロサイの唇というのは
まっすぐなのですけれども、
クロサイの唇というのは
上の部分がとんがっています。

どうしてかと言いますと、
まっすぐの唇を持つシロサイですけれども、
地面に生えている草を食べるから
まっすぐなのだそうです。

唇の上の部分がとんがっているという
クロサイは、木の枝とか葉っぱとか
果実を食べるからとんがっているそうです。

寿命ですけれども、
シロサイが45年から50年、
クロサイが40年から45年。

「長いですね、まあまあね。

 ほんとにね、例えばなんですけれども、
 ゾウさんとかキリンさんっていうのは
 言われましたらすぐその姿とか形とか色って
 頭に思い浮かびますよね。

 で、実際『じゃ、サイってどんな形してる?』
 って言われると、意外としっかりしたイメージを
 持ってないっていうことに気づいたんです。

 ほんとにちょっと写真ご覧になってください。
 フォルム美しいです(笑)。
 とても魅力的な形してます。

 明日もちょっとサイのお話の続きをしますね。」

<動物図鑑/シロサイ>

<動物図鑑/クロサイ>

[9/24] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は写真のお話をしています。
 最近では色あせた写真でも
 修復することができるんだそうです。
 今日はそのお話です。」

最近ではコンピューターの進化で
古くなった写真を修復することが
可能になりました。

「でも、もうネガないし」という写真でも
画像をパソコンに取り込むことで
修復できるのだそうです。

インターネットにも色あせた写真を
修整するサービスがあるそうです。

その一つがホットアルバムというソフトだそうで、
デジタル化された写真が対象なのですけれども、
写真をデジカメに撮影してデータ化するか、
もしくはプリンターのスキャナーを使って
コピーしてデータをパソコンに取り込んで
そのデータを修整してもらうらしいです。

その後、修整された写真の
仕上がり具合を確認して、
満足した場合はその写真を有料で
ダウンロードするというものだそうです。

「ダウンロードしない限りは無料なんですって」

料金は1枚500円。

枚数が多くなると1枚の値段が400円、
300円、200円というふうに安くなっていって、
21枚以上なら1枚の値段が150円に
なるということです。

「すごいサービスですね」

色あせたカラー写真はもちろん、
セピア色になってしまった白黒写真、
あるいはデジタルカメラで失敗して
暗くなった写真なども修整できるそうです。

ただ、写真についたキズとかゴミとかシミとか、
破けた部分などの修復とか修整は
できないのだそうです。

そういった修復をしたいなと、
修整してほしいなという写真をお持ちの方は
一度写真屋さんで実際にお聞きになってみて
いただくといいかもしれません。

「今週は1週間にわたって写真について
 お話しさせていただきましたけれども。

 途中でね、お話しさせていただきましたけれども、
 ほんと学生の頃写真部にいて
 写真を撮るのが好きなんですね。

 でも、写真てすごく難しくて、
 自分が感じた世界観を自分が写した
 写真の写真観と合わせたときにね、
 ぜんぜん違ったりするんですよね。

 どの写真のどの表情が
 自分が持ったイメージする世界に
 一番近いかっていうのを
 また考えながら撮ったりするっていうのが
 また奥深かったりとかして。

 自分が思っていたイメージ以上に
 美しく撮れる時もありますし、
 ぜんぜんなんかもっとこうなのに
 って思う写真もたくさんありますし、
 ほんと写真っていいですよね。

 お好きな方多いのでね、
 みなさんもぜひぜひ写真の世界へ、
 はい、踏み込んでください(笑)。」

<古い写真修正・色あせ写真自動修正サイト>

[9/23] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は写真のお話をしています。
 今日はカメラにまつわる言葉とか、
 それらの関係について
 お話ししたいと思います。」

「カメラにまつわる言葉、
 今日ちょっとご説明してみようかと
 思うんですけれども。

 例えば、ISOとかF値とか
 絞りとかありますけれども、
 いまいち意味がわからなかったりしますよね。」

ISOという言葉があります。

これは写真のフィルムの規格で、
あるフィルムがどの程度の弱い光まで
記録できるかというのを示す数値です。

このISOの数値が大きいほど
フィルムの感光度が高いので、増すので、
暗い場所ですとか、速く動く何か被写体を
より速いシャッタースピードで
撮影することができます。

なので、ISO感度を上げると
シャッタースピードが速くなるので、
速い分手ぶれが防げるのですけれども、
かわりに画像が少し荒くなってしまいます。

なので、画質を求める場合は
低感度、ISOの数値を下げて
写すというのがおすすめです。

次にF値。

これはレンズの絞り値です。

「『F3.5』とか、よく一眼レフのカメラの
 レンズなどに書いてありますけれども。」

そんな数字なのですが、
この絞り値の数字が小さいと
絞りは開いているということです。

絞り値の数字が大きいと
絞られているということになります。

レンズの絞りが大きく開いていると
光はたくさん入りますから
シャッタースピードを速く撮影できます。

逆に絞りを小さくして絞り込んでいると
光は少しずつ入るので
シャッタースピードは遅く撮影します。

でも、基本的には私たちが普通に気軽に
使っているようなデジタルカメラでは、
はじめからそういった状況に合わせて
ISOとかFとか、シチュエーション別で
設定してくれていると思うので、
山のマークとか人のマークとか花のマークとかが
よくあると思うのですけれども、
そういったマークに合わせてあげて
それで写真を撮ってあげると
よりその状況に合ったきれいな写真が
撮れると思います。

「マニュアルカメラとかね、
 マニュアル撮影ができるデジタルカメラなんかでは
 こういったISOとかF値とか調整して
 同じシーンの写真でも違った表情の写真を
 撮り比べてみたりとかすると
 けっこう面白かったりとかして。

 ほんとすいません、好きなんです(笑)。
 ほんと楽しいですね、
 そんなことばっかり考えていると。
 ほんとに。

 でも、携帯電話が普及してくれたおかげで、
 写真撮りたいって思う時に気軽に撮れるって
 これはほんとにうれしい機能だなって思います。

 また明日写真のお話します。」

<カメラ用語 基礎編 ~デジタル一眼ライフ~>

[9/22] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は写真のお話をしています。
 日本にカメラと写真の技術が伝わったのは
 江戸時代の終わりです。
 その後日本でもカメラと写真の技術が
 どんどん進歩していきます。
 今日はそのお話です。」

世界最初のカメラ、
ダゲレオタイプ・カメラですけれども、
そんな中、日本では1903年、明治36年に
小西本店、現在のコニカミノルタさんが
「チェリー手提暗函」というカメラを
発売したそうです。

これは一般向けにつくられた
最初の日本製のカメラなのだそうです。

写真の色なのですけれども、
当時の写真というのはまだ白黒でした。

写真で色までも再現したいという思いは
写真が誕生した当初からあったみたいで、
写真の上から絵の具で色を塗って
カラー写真のようにしていたこともあったみたいで、
日本の写真屋さんには絵付師と呼ばれる
写真に色付けする専門の職人さんが
いらしたそうです。

その後光の三原色、青、緑、赤を
分解してネガをつくって、
それを印刷物などで再現する方法で
カラー写真というのがつくられていって、
日本にカラーフィルムが普及したのは
70年代になってからということです。

カラーフィルムと同時にカメラの内部で
現像処理ができるカメラの開発も進みまして、
1947年にアメリカの
エドウィン・ランドという人が
インスタントカメラの技術を発明しました。

このランド氏がつくった会社がポラロイド社。

そして1948年、ポラロイド社から
インスタント写真用のカメラが発売されました。

その後にも1950年には
レンズの交換が可能な一眼レフカメラ、
そして1986年にはレンズ付きフィルム、
通称「使い捨てカメラ」、

「ありますね」

これが誕生します。

そして1990年にはフィルムを使わない
デジタルカメラが登場して
今カメラの主流となっています。

「カメラ好きの方ほんとに多くて、
 私も写真撮るのが好きでね、
 学生の頃写真部にいたんです。

 で、好きな景色に出会えると
 『うわっ、もうこれはちょっと残したくなる』
 って思いますし、
 ファインダー覗くとワクワクしますしね。
 やっぱりなんかいいですよね、写真ってね。

 携帯電話が登場してくれたおかげで、
 カメラ付きの。
 写真を撮るという行為がみなさんにとって
 身近になりましたよね。

 気軽に写真が撮れるようになったっていうのは
 これもまたいい時代の流れですよね。

 また明日も写真のお話をしたいと思います。」

<カメラの歴史(ウィキペディア)>

[9/21] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「今週は写真のお話をしています。
 今日は日本にはいつ頃どのようにして
 写真が伝わったのかという
 お話をさせていただきます。」

日本にカメラが伝えられたのは
1841年と言われています。

江戸時代の終わりの頃で、
オランダから伝わりました。

その時に伝えられたカメラは
昨日ご紹介しました世界初のカメラ、
ダゲレオタイプ・カメラです。

でも、まだ写真というものが
よくわかっていなかった時代で、
カメラで写真を撮るということが
日本人の手によって実際に行われたのは
それから16年後の1857年になります。

現在の鹿児島、当時の島津藩の商人が
カメラを購入してお殿様、
島津斉彬を撮影したものです。

このダゲレオタイプ・カメラで撮った
銀板の写真が日本で初めての写真だとされていて、
この写真を撮影した日にちが
6月1日だったということで、
この日は「写真の日」というふうに
なっているそうです。

日本人によって撮影された最初の日本人の写真は
この島津斉彬の写真なのですけれども、
実はもっと前に日本人が写っている
写真というのがあるのだそうです。

これはどういうことかと申しますと、
1851年にアメリカで撮影された
利七さんという男性の方の写真があります。

この利七さんは船で荷物を運ぶ
お仕事をなさっていた方で、
彼が乗っていた船が嵐に見舞われて
沈没しそうになったときに
アメリカの船に助けられたそうです。

そして、そのままアメリカに
渡ったそうなのですけれども、
当時のアメリカでは日本人を見るということが
とても珍しかった時代ということで、
利七さんたちは全員写真つきで
新聞に紹介をされたそうです。

その時に写した利七さんの写真というのが
東京の半蔵門にあります。

日本カメラ博物館、
とても興味深い博物館なのですけれども、
こちらで大切に保管されているそうです。

その後、画家の下岡蓮杖という人をはじめ、
写真の技術を学んだ人たちが全国で写真館を開いて
人物写真などが写されるようになっていきます。

この下岡蓮杖という人は
日本の写真術の創始者と呼ばれています。

「坂本龍馬もこの頃に写真を撮ってもらって
 現在もね、坂本龍馬の写真って残ってますよね。

 ほんとに紙にしても画像としても
 今でもしっかりと見られているっていうことに
 感動を覚えますね。」

<写真の歴史>

[9/20] 『鈴木杏樹のいってらっしゃい』

「思い出はとても大切なものですが、
 その思い出をいつまでも大切に残しておく方法に
 写真というのがあります。
 写真を見ると瞬時にその時の思い出の景色に
 タイムトリップできたり、
 あと、遠く忘れかけた記憶も
 よみがえってきたりしますよね。
 そこで今週は、写真のお話をしたいと思います。」

今朝は、写真はどのようにして誕生したのでしょうか
というお話ですけれども、
写真の歴史はカメラの歴史でもあります。

カメラの語源はラテン語の「カメラ・オブスキュラ」
という言葉の略なのだそうです。

「カメラ」というのは「お部屋」の意味で、
「オブスキュラ」というのは「暗い」
という意味なのだそうです。

どうしてカメラが「暗いお部屋」なのかと言いますと、
暗いお部屋の壁に一つ小さな穴を開けて、
この穴から入った光が反対側の壁に届くと
外の景色がさかさまになって映ります。

その原理を利用したのがカメラだということで、
紀元前の時代からこの原理というのは
発見されていたそうです。

時代が経つとその原理を利用して
箱の中に小さな穴のかわりにレンズを取りつけて、
箱の中に入ってきた光をすりガラスに
映し出すようにしました。

その後研究が重ねられて、1826年に
フランスのニエプスという発明家の方が
初めて写真を撮ったのが
写真の始まりだとされているそうです。

どうやって撮ったかと言いますと、
この時代にはまだフィルムがなかったので
ニエプスはアスファルトを使ったのだそうです。

銅と亜鉛の合金の上にアスファルトを塗って、
夏の暑い日に屋外で8時間
アスファルトに光を当てて固めて、
固まらなかった部分を油で洗い流すことで
画像を作ったそうです。

「すごいなぁ」

この方法だと時間と手間がものすごくかかるために、
画家のダゲールという方と協力をして
さらに研究を進めたのだそうです。

銀でめっきした板を感光の材料として
使う方法を編み出して、
撮影後は水銀蒸気で現像するという
方法を完成させたそうです。

1839年に銀板を使って写真を撮る
「ダゲレオタイプ・カメラ」というのを
発表したそうです。

これが世界で初めてのカメラなのだそうです。

「世界にもほんのわずかですけれども、
 現在でも残っているそうなんですね。

 今日はカメラの歴史から
 ご紹介をさせていただきました。」

<カメラの歴史>